2019/03/11

【北欧発Happiness Technology】
うつになってからじゃ遅いから――ストレス対策アプリSumondo

デンマーク工科大学 リサーチアソシエイト。北欧研究所主宰。京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。専門分野は、情報システム、デザインアプローチ。異文化協調作業支援、創造性支援、北欧におけるITシステムと参加型デザインの研究を行っている。

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心身ともに健康であることは、幸せな毎日を送るには重要なファクターの一つだ。多くのグローバル企業や団体が提供する幸せ指数の項目に、「健康」に関する項目はほぼ必ず入っている。

デンマークの幸せ指数は例年高く、健康指数も上位にいるのだが、近年デンマークでは「ストレス」を感じる人が増えているとの報道が散見されるようになってきた。デンマークのストレス対策を掲げる団体ストレス協議会(Stressforeningen)によると、デンマークでは1日あたり3万5,000人がストレスで会社を休み、43万人(人口の約7%)が日常的にストレスを感じているのだそうだ。危機感を感じたデンマーク政府は2018年にストレス対策有識者会議(Stress Panel)を設け、2019年1月には同会議が12の提案からなる報告書を提出している。

うつ病になる前に

デンマークでは、ストレスが溜まっている人は、医師の診断をもって有給で病欠をとることができる。デンマークでは医療費が国家負担となっているために、高額治療が必要になるうつ病などになる前に、予防医療として対処してしまおうという戦略だ。近年の医療費の高騰傾向は国家予算を逼迫している。そして、ストレス対策と比べ、うつ病治療にはより高額な医薬品や長期治療が必要になる。だからこそ、うつ病予防医療が国のヘルスケア施策の柱の一つとなっているのだ。

背景としては、うつ病の治療はとても困難で長期化する傾向にあり、それを避けるためにはうつになる前にストレスを溜め込まないための地道な方策を取ることが重要だという共通認識がある。初期のストレス段階で対処すれば病欠ぐらいの安価で済むが、一度うつ病にかかってしまうと取り返しがつかない。ストレスを感じることは必ずしも悪いことではない。ただ、ストレスを溜め込み長期化することは大きな課題であると認識されている。

心拍変動からストレスを測定、解消をサポート

Sumondo(スモンド)は、今、デンマークで注目されているストレス対策アプリの開発を進めるヘルスケアスタートアップ企業だ。2015年設立のスモンドは、ストレス分析アルゴリズムをベースとし、定期的にストレス分析を行う機能を備えたアプリを開発している。

具体的には、腕に装着するオリジナルセンサーでユーザーの心拍変動 (HRV)をを測定し、そのHRVから計測されたストレスレベルがアプリに表示される。HRVを可視化することで、ストレスを意識的にコントロールできるよう支援するのが狙いだ。

スモンド・アプリの主要機能はHRV測定だが、注目される理由はそれだけではない。アプリ上の「心理学者リスト(List of Psychologiest)」からは、地域のうつ病対策を提供する医療関係者の一覧を見ることができる。また、ストレスを長期にわたって溜め込まないようにするための、ストレス予防・軽減機能も充実している。ストレスを感じた時には息抜きが不可欠であり、科学的にも立証されているいくつかのストレス解消方法があるのだが、スモンド・アプリではそのうち深呼吸、音楽、瞑想という3つの解消法をサポートする仕組みが提供されている。例えば、「瞑想」は、音声ガイドと音楽のリードで、仕事の間に一服する感覚で瞑想に取り組むことを支援する。

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オリジナルセンサーとアプリの瞑想画面

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ストレス分析は1分~1時間感覚で定期的に実施することが推奨されている。分析時間はユーザーが設定できるが(左上)、通常は5分ほどかけて分析を行うと良いとされる

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ストレスレベルが高いと、深呼吸(左)、音楽(中)、瞑想(右)のいずれかのストレス解消を行うよう促される。その間も心拍数を測定し、ストレスレベルが下がっているかどうかを見ることができる

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深呼吸、音楽、瞑想のそれぞれが3レベルで提供されている

当事者を巻き込んだ開発

スモンドは、これまでにデンマークの地方自治体、精神病院やストレス対策関連団体、患者団体と共同研究や開発を進めてきた。また、デンマーク工科大学とは、音楽セラピーの実験プロジェクトやバイタルデータ分析プロジェクトを実施し、機能の効果測定を行っている。このような産官学連携のユーザーや関係者を巻き込んだ協創による新しいサービスやシステムの開発は、まさにデンマーク的なアジャイルかつイノベーティブな開発の仕方と言える。

この春には、ヘルスケア分野の専門家養成学校であるコペンハーゲンプロフェッショナル高等学校(Københavns Professionshøjskole, KP)で、400人規模のデータ収集が行われる予定だ。KPは、事前に多くのストレス解消アプリの比較分析を行い、スモンド・アプリとセンサーの導入を決めたという。収集されたデータは、学生の生活の質の向上に役立てられ、また、スモンド・アプリのメイン機能であるストレス分析機能の効果測定、ストレス対応支援機能の改善に活用される。

現在スモンドは、オリジナルウェアラブルセンサーの改良を進めるため、投資家、および画期的な技術開発に一緒に取り組んでくれるメーカーを探しているそうだ。

幸せの国で進むストレスの予防医療

スモンドのツールには含まれてはいないが、「日常生活で定期的に自然に触れること」もストレス解消法になると言われる。このストレス発散のために意識的に自然に触れさせる試みは、世界各地で提供されるようになってきているようだ。

前述のデンマークのストレス協議会は、定期的に街中にある自然公園でのウォーキングイベントを主催しているし、日本で実施されている森リトリートは、リーダー研修の一環として森の中でビジネスや事業、自分自身の原点を見つめ直すワークショップを提供している。森リトリートの売りはリーダー研修だが、それだけではなく自然の中に入ることでストレスから自分を解き放ち、人間として幸せに生きるための仕組みを提供しようという、もっと壮大な意図が背景にあると筆者は考えている。そして、スモンドのCEOヴィシャル・シソディア(Vishal Sisodia)のブログにも、もちろん森に行く効用が何度かフィーチャーされて報告されている。

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スモンドのCEOヴィシャル・シソディア © Keyvan Bamdej

デンマークには、日本では常識のいわゆる予防医療、例えば毎年の健康診断は、ほぼ実施されてない。これはデンマークに住む日本人は誰でも驚く点だが、そんな必要かどうかわからない予防医療に国はお金をかけられないよ、というのが今までの福祉国家デンマークのスタンスだった。しかしながら、いわゆる現代病、新疾患「ストレス」に関しては、デンマークは例外的に世界の先端を行っているようなのだ。

前述のストレス対策有識者会議が立ち上げられたことはもちろん、有識者会議が提出した報告書は今後政府の方針に組み込まれることになっている。スモンドのストレス解消アプリをはじめとしたヘルスケアスタートアップは、自治体や医療機関とタッグを組みアプリやヘルスケア機器の開発を進めている。

精神疾患という目に見えにくいところに予防医療が入りこみ、結果的に発症や長期治療を回避することにつなげようという試みは、デンマークの幸せの形に貢献しているといえないだろうか。ストレスと無関係ではいられない現代社会に生きる我々だが、ストレスとバランスよく生きることで、長期疾患を避け、高額な投薬や医療に頼らずに済む。これは市民にとっても医療費の逼迫に苦しむ政府にとっても最善の策に思える。

最近ちょっとストレスが溜まり気味だったり、うつになる前にどうにかしたい、と思っている人がいたら、ちょっとした隙間時間にでも、科学的に効果があるとされる深呼吸、瞑想、音楽でのリラクゼーションに取り組んでみてほしい。そして機会があれば、スモンドのアプリを試してみていただきたい。

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