2019/01/30

【日中クロスオーバー】
子どもの教育にすべてを注ぎこむ中国の親たち…日本留学人気の背景にあるものは?

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早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社記者として地域・経済分野を中心に取材。2010年から中国・大連の東北財経大学に博士留学した後、少数民族向けの大連民族大学で日本語教員となる。2016年に帰国し、中国経済のニュースを中心に執筆、翻訳。法政大学イノベーションマネジメント研究科兼任講師も務める。

近いようで遠く、遠いようで近い、日本と中国。等身大の姿を知れば、お互いもっと理解しあえるはず――そんな想いから、2つの文化・社会が出逢う接点を双方の視点から描いていく連載です。


日本企業が多く進出し、中国最大の日本語人材輩出都市でもある大連市。駅舎は上野駅をモデルにしたと言われている

昨年の11月中旬、1年ぶりに中国・大連のある大学を訪ねた。私は2012年から4年間、同大学で日本語を教えており、帰国した後も年に1度、ゲスト講師として講義を行っている。 大連に到着し、かつて一緒に働いていた同僚に会いに教員室を訪ねると、部屋の鍵がかかっていた。午後の授業が始まる20分ほど前で、昼ごはんを食べ終わった教員が、ほぼ全員がそろっているはずの時間帯だ。 不思議に思っていると、日本語学科のトップを務める劉教授(女性)からSNSにメッセージが入った。 「今日は私も学校に行かないから、浦上先生は自由活動ってことでよろしくお願いします」 毎日朝7時すぎには出勤し、学生たちが自習しているかを厳しく管理してた劉教授さえ来ていない。一体何があったのか……。

教育レベルの高い学区へ引っ越し、週2日は在宅勤務に

「今、この職場は非常事態なのよ」

翌日の講義後、元同僚たちとのランチで前日の疑問をぶつけると、皆が笑った。

劉教授には9月に中学生になった息子がいる。彼の小学校での成績が非常に良かったことから、担任教師に「このあたりは教育レベルがあまり高くないから、大連市中心部の〇〇中学校に進学させた方がいい」とアドバイスされ、中学校近くのマンションの小さな部屋を買って引っ越したという。

新しい住まいは地価がとても高い地区で、駐車スペースもない。これまで職場から近い場所に住み、自家用車で移動していた劉教授の生活は一変。家から駅まで徒歩20分、満員電車で35分、さらに駅から20分歩いて出勤しなければいけなくなった。

加えて、新居が狭いため、これまで家のことをすべてやってくれていた劉教授の母は、以前の家にとどまることになった。不動産会社に勤める夫は3年前から、リゾート開発ラッシュに沸く海南島に単身赴任中だ。

食事の支度など家事全般と遠距離通勤の負担がのしかかり、劉教授は週の3日に会議や講義を集約し、残りの日は自宅で仕事をすることにしたという。

中韓英トライリンガルの息子を日本の大学へ


中国では小学校1年生で英語の授業が始まり、低学年から英会話のレッスンに通う子どもも多い(写真は、マンツーマンで英語レッスンを受ける小学生)

非常事態は劉教授だけではない。

同じく女性で40代の李先生は息子が来年、大学入試を控える。李先生は朝鮮族、そして夫は韓国人。家庭内では韓国語で会話し、息子は中国のローカル校に通わせることで、ハングルと中国語のバイリンガルに育てた。さらに高校はカナダ系のインターナショナルスクールを選んで、英語も習得。ここまでは驚かなかったが、大学は日本を目指していると聞いて、さすがにびっくりした。

李先生いわく、日本の大学のグローバル化で、英語で学位が取れるブログラムが増加しているという。今は筑波、大阪、法政など6大学に願書を出しているとのことだった。

受験する息子自身は、「留学するなら言葉の壁がなく、お父さんの母国でもある韓国の大学に行きたい」と話しているが、母親の李先生は「日本の大学に行って、日本語も覚えなさい」と譲らない。実は李先生はこの夏、息子の受験にかかるプレッシャーで体調を崩し、1か月ほど休職をしていたという。

さらに、男性の田先生(38)も、今は週3日しか出勤していない。8月に生まれたばかりの娘の育児のためだ。妻と自分の両親と同居して、一家で家事・育児にあたっているが、「奥さんより僕の方が、育児に向いているんだよね」と、上司の劉教授が週3日しか出てこないことに紛れて、自分も学校に行く日を大幅に減らしたのだ。

中国は2年前に一人っ子政策が廃止され、女性教員率が高い同大学の日本語学科では、2人目を出産する教員も相次いでいる。彼女たちが産休や時短を取っていることもあり、この半年ほどは教員の労働力が著しく低下。2クラスの授業を合同で行うなど、授業運営を省力化して、乗り切っているという(日本では考えられない合理化だ……)。

エリート校で過ごす“灰色の青春”

日本人から見れば、中国は「家庭の事情」に非常に寛容な社会だ。家庭の事情で仕事に支障が出るとき、調整してくれた周囲に「ありがとう」とは言っても、「ごめんなさい」という人はあまり見かけない。

レストランの店員の子どもが空いたテーブルで宿題をしたり、従業員が社員食堂に自分の子どもを連れて来る光景は珍しくなく、私自身、中国で小学生の息子と2人暮らしていたが、異国であるにもかかわらず、仕事と家庭の両立は日本よりはるかに楽だった。

一方で、子どもや親への教育プレッシャーは日本よりはるかに大きい。中国には「応試教育」という言葉がある。試験に対応するための教育という意味で、小さな頃から「大学入試」をゴールに、わき目も振らず勉強しなければならない。

教え子の王夢夢さんは、「エリート工場」として知られる河北省の名門高校に通っていた。そこでは、成績順に座席が決められ、勉強に集中するため学校や寮には鏡もつけられておらず、シャワーは月に1度だったという。

これほど極端ではなくても、漫画どころか小説も読んではダメ、男女交際は当然禁止という学校は、まったく珍しくない。教え子たちの言葉を借りれば、10代の中国人は「やりたいことは大学に合格してから」と言われ、灰色の青春を過ごす。

就職や昇進において、学歴が持つ意味は中国ではかなり大きいから、親も子も苛酷な受験ロードをまい進する。一方で彼らは個を重んじる自由な教育に憧れており、ゴールであるはずの中国の大学教育への評価も、「高校までと同様に、管理教育が続く」と辛い。 だから、留学や旅行の経験を通じて、国際的な視野を持っている日本語学科の教員は、子どもを日本に留学させようと考える傾向がとても強い。

日本の「文武両道」「ゆとり教育」に憧れ


下校中の小学生たち。共働きの家庭の子どもは、まっすぐ習い事の教室に向かうこともある

田先生は娘がまだ寝返りも打てないのに、「瀋陽(遼寧省の省都)には東大や早稲田にたくさん合格者を出している中高一貫校があって、そこに入れたい」と、日本の大学に進学させるための道筋を描いている。夏の日本旅行ではベビー服だけでなく大量の日本教材を買い込み、家では日本語で子どもに語りかけている。

日本の教育の何がいいのか、これまで度々中国人に聞いてきた。

例えば、多くの高校が掲げる「文武両道」は、「応試教育」に疲弊する中国人にとって、新鮮かつ教育のあるべき姿に映るようだ。日本では成功とは受け止められなかった「ゆとり教育」も、学校の宿題と習い事でまったく隙間がない中国人親子には魅力的に響く。

教え子の一人は、「日本には三大お弁当があるそうですね。花見弁当と愛妻弁当と、運動会のお弁当」と質問してきた。中学で体育の授業がなくなった彼女は、日本のドラマやアニメで、家族が運動会でお弁当を囲む光景に憧れを感じるという。

小学生の子を持つ同僚は、私が日本に戻るたびに、「公文式のテキスト」を買ってほしいと頼んできた。個人の学力に合わせて無理なく学べる公文式は、早期教育熱の高まる中国でも注目されている。

大学時代に講義にまともに出席せず、アルバイトや遊びに明け暮れた私は、早朝から教科書を朗読し、毎日単語の書き取り課題をこなし、4年間で一通り日本語を話せるようになる中国の日本語学科の学生たちの姿に、ただただわが身を恥じたのだが、多くの中国人にとっては、私のような「怠惰」な態度も、「自主性がある」「自由」と映るらしい。

狙えるなら北京大、清華大


日本語学科の大学生

とはいえ、中国人が日本留学を目指す背景には、「日本の教育への憧れ」だけではない、より現実的な理由もある。

日本事情に詳しい中国人の多くは、「少子化が進む日本は、中国に比べてレベルが高い大学や大学院に入りやすい。留学生への門戸は年々広くなっている」と考えており、高学歴を手に入れるための抜け道として日本を選ぶことがままある。欧米の大学に比べると、費用や情報収集の負担も小さい。

だからもし、自分の子どもが群を抜いて優秀だったら、その視線は中国の有名大学に向かうことになる。

中学進学のために家を買って引っ越した劉教授の息子は、中学入学後の最初の中間試験で学年首位になった。大連有数と言われる名門中学でトップに立ったことで、これまで息子を日本に留学させるつもりだった劉教授は、「北京大、清華大を狙えるなら、やっぱりそっちかしらねえ」と軌道修正しつつある。

教育者であるがゆえに学歴の重要性を意識し、わが子の箔付けにエネルギーを注ぎ込む元同僚たちの「非常事態」はしばらく終わりそうにない。

(文中仮名)

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