2019/02/23

【日中クロスオーバー】
新聞奨学生として来日、転職重ねた中国人が実感する「日本企業の変化」

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早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社記者として地域・経済分野を中心に取材。2010年から中国・大連の東北財経大学に博士留学した後、少数民族向けの大連民族大学で日本語教員となる。2016年に帰国し、中国経済のニュースを中心に執筆、翻訳。法政大学イノベーションマネジメント研究科兼任講師も務める。

鎌倉時代に中国から茶種を日本に持ち込み、茶の普及に貢献した禅僧・栄西が建立した京都・建仁寺。訪日外国人でにぎわう祇園の一角にあり、最近は中国人の人気スポットにもなっている。

カルビーは今年2月6日、その建仁寺で新商品「フルグラ抹茶味」のPRイベントを開催した。お茶のお点前を披露するとともに、舞妓に扮した女性やエプロン姿のスタッフが、行きかう旅行者にフルグラのサンプルを配布する。

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2月6日、建仁寺で開かれたイベントでは、昨年末に中国で発売された「抹茶味」のサンプルが振る舞われた

「これは何なの?」「お菓子?」

中国語で話しかけて来る旅行者に、「牛乳やヨーグルトをかけたら、手軽で栄養価の高い朝食になりますよ」と説明するのは、フルグラ事業部の丁明さん(40)。中国市場の担当者として、春節(旧正月)期間に合わせてこのイベントを企画した。

「中国での売り上げは急速に伸びているし、認知度も上がっていますが、実際には食べたことがない人がほとんどです。今年は新商品の展開を皮切りに、あらゆる手を打っていくつもりです」

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中国人旅行客に、フルグラの食べ方を説明する丁さん

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春節期間とあって、建仁寺は普段以上にアジアからの旅行客でにぎわった。舞妓姿の女性は記念撮影を求める旅行者に大人気

中国で人気上昇中のフルグラを担当

丁さんは2018年6月、フルグラの中国展開に向けた専門人材として、カルビーに入社した。同商品は2015年ごろから中国で人気が上昇。旅行者や個人輸入業者によって日本のドラッグストアやスーパーマーケットから、中国に持ち込まれるようになった。

中国人の“爆買い”に気付いたカルビーは、2017年からアリババなど中国のECサイトを通じて販売を開始。今やフルグラの売り上げ全体の4分の1を中華圏マーケットが占めるまでに成長し、伸び悩む国内市場を補完する存在になっている。

入社以降日本と中国を行き来し、アリババなど現地の大手IT企業と交渉を重ねる丁さんだが、実は中国に関連する仕事は初めてだという。

来日3か月、交通事故で変わった将来観

上海の大学を卒業し、故郷・河南省鄭州市の病院で働いていた丁さんは2001年、一念発起して来日した。

「僕は理系の学生で、卒業後の就職先も学校に決められました。安定しているかもしれないけど、このままずっと故郷で人生を終えるのか。自問自答しているとき、日本の新聞社の奨学生として日本に渡った親せきの話を聞き、自分も後を追いかけたのです」

新聞販売店に住み込み、朝刊と夕刊を配達しながら、語学学校に通い、日本語をゼロから勉強した。だが3か月後、新聞配達中に事故に遭った。

「毎朝早起きして、忙しくて、眠気を抑えられないまま自転車に乗っていて事故に遭いました。1か月入院し、仕事は3か月休業。言葉もわからなかったし、どん底でしたね。だけど、何もできない数か月は、これからしたいことをじっくり考える機会にもなりました。それまではとにかく外国に行ってみたいという気持ちでしたが、せっかく日本に来たんだからもっと積極的に、自分の未来を開拓しようと開き直れたんです」

日本企業の長時間労働に困惑

それまで、丁さんは日本でやりたいことを具体的には考えていなかった。中国で大学を卒業していたが、より長く日本に滞在するために日本の大学に入学できればいいくらいに思っていた。だが、入院中に将来を考えるうち、「中国でも有名で、憧れている人が多い早稲田大学を目指そう」と目標を決めた。「それからは、休業中もいいチャンスだと思い、ずっと勉強していました」

2年後、丁さんは見事、早稲田大学商学部に入学した。それ自体が、来日以前には想定していなかった大きな成果だったという。2度目の大学生活を送り、卒業するときには28歳になっていた。

日本で働くことを希望していたが、2007年当時は今と違いインバウンド需要も人手不足も顕在化しておらず、自分を必要としてくれる企業を見つけるのに苦労した。100社以上に応募し、どうにか日用品を扱う大手メーカーから内定を得た。それからまもなく、中国人の女性と結婚した。

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日本で働き始めたころ、旅行で東北大学に立ち寄り、中国の作家・魯迅の像の横で写真撮影する丁さん

日本での社会人デビューについて、丁さんは「思い描いていた理想と現実のギャップに戸惑い、失望しました。今から思えば、典型的な日本企業に入ったわけですが、日本の価値観をよく理解していなかったので、理不尽さばかり感じて……」と振り返る。

最初に困惑したのが、長時間労働の常態化と、転勤ありきの社内キャリアプラン。丁さんは新卒社員といっても同期の社員たちより年齢が高く、共働きの妻と産まれたばかりの子どもがいた。組織の論理のもとに、プライベートが犠牲になる文化に「なぜみんな、それを当たり前に思っているのだろう」と疑問を抑えられなかった。

仕事の内容は新入社員扱いなのに、住宅補助などは年齢で判断され、同期よりかなり早く打ち切りとなったのも理解できなかった。悩みながらも6年勤めた2013年、マーケターとしての専門性を身に着けたタイミングで、外資企業に転職した。

上司の「人の評価基準」がわからない

日本企業のウェットさや閉塞感に嫌気がさして外資企業に転職した丁さんだが、今度は人の入れ替わりが激しすぎて、その職場には1年しかいられなかった。

だが、その1年の間に、丁さんは新たな疑問を持つようになった。

直属の上司は同僚や部下の評価を好み、たびたび「あいつはできる」「あいつはできない」と評論した。

「僕にはその『できる』『できない』の判断基準が全然わからなかったんです。自分が社会人として未熟だからなのか、あるいは日本人でないからわからないのか……」

その疑問が解消されないまま、外資企業を去ることになり、丁さんが次に選んだのは人材開発の企業だった。

当時の日本は、人口減による市場縮小などで、グローバル化の必要性が叫ばれるようになっていた。英語を公用語に採用する企業や、管理職にTOEICのスコアを求める企業が増える中、丁さんが転職した企業は「グローバル人材」のスキルを測るテストの開発に取り組もうとしていた。

人材開発や人事、組織マネジメントを専門とする大学の研究者にも助言を受けながら、テストの開発を進めるうちに、丁さんはいつしか、「自分ももう一度、経営を体系的に勉強したい」と思うようになっていった。

社会人向けの専門職大学院の説明会に足を運び、夜間と週末に授業を行う法政大学のMBAコースを受験して合格した。だが上司に報告すると、「今はプロジェクトが大詰めだから、1年先に延ばせないか」と言われた

「1年延ばしてと簡単に言うけど、1年後のことはだれにもわかりません。だったら、大学院に通うことを応援してくれる環境を探した方がいいのではと思い、転職活動を始めました」

日中をつなぐ仕事で自分の価値を発見

カルビーへの入社を前に、丁さんには大きな迷いがあった。求められている仕事が、「中国向けのマーケティング」だったからだ。

丁さんは以前もマーケティングの仕事をしていたが、「知名度を上げるためには広告が一番いい方法で、それ以外には工夫の余地が少ない」と感じ、そのポジションを離れた経緯があった。だが、ビッグデータやSNSなど、新たなツールが存在感を高めており、もう一度チャレンジしてみようと思いなおした。

中国関連の仕事であることも、足踏みする一つの理由だった。

「僕の世代の中国人は、外国語を覚えて外国企業で働いているのに、中国の仕事をするのは、メンツが立たない感じがありました。楽をしていると思われないかと……」

だが、実際にカルビーで仕事を始めると、「10年、いや、あと3年早く、中国市場に足を踏み入れるべきだった」と後悔すら感じたという。

「今の中国市場と企業は、僕が知っている姿とは全然変わっていました。可能性がとても大きく、しがらみが少ない分、スピードも速い」

商品を出しているECサイトから提供されるビッグデータを分析し、次の展開を考える。丁さんは人生の半分近くを日本で過ごしているが、「同じ中国人とのビジネスは、勘みたいなものが通用する面も多い」とも感じる。

「例えば、EC企業の担当者と話していても、言葉ではこう言っているけど、実際はもう少し譲ってくれるのではないかという感触もわかるんです。日本企業で日本人とだけ仕事をするよりも、『間に立つ』という自分のポジションがはっきり見えて、できることを探しやすくなりました」

全否定では何も進まない

日本でキャリアを重ねる中で、働きづらさは少しずつ小さくなっていった。丁さんは「自分が異文化になじんだという面もあるでしょうが、日本企業も確実に変化していると思います」と話す。

女性が結婚・出産後も退職せずに働き続けることは当たり前になり、外国人労働者も売り手市場を迎えている。

労働者の多様化によって、価値観の違いも度々浮き彫りになるが、それ自体が進歩でもあると丁さんは考える。

「僕の周りの中国人の間でも、日本企業はだめだ、古いという批判の声は多いですし、そう言いたくなる気持ちはわかります。だけど、全否定では何も進まないです。諦めずに調整を繰り返すことで、衝突の背後にあるものが見えて来ることもあるはずです」

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