2019/02/22

【ソーシャルテクノロジー最前線】
テクノロジーで社会を変える、テックNPO

フリー・ジャーナリスト。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。フルブライト奨学金(ジャーナリスト・プログラム)を得て、1996年から2年間、スタンフォード大学コンピューター・サイエンス学部にて客員研究員。当時盛り上がりを見せていたシリコンバレー・テクノロジー産業のダイナミズムに魅了される。現在、シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネスのほか、社会、文化、時事問題など、幅広く取材。ネットと社会の変貌を追い続けている一方、建築やデザインも大きな関心の対象。

テクノロジーにおける「ソーシャル」と聞いて、どんな印象を持つだろうか。

大半の人々は、FacebookやTwitter、LinkedInのような、「人々のつながり」や「社交」を促進するソーシャルネットワークのしくみを連想することだろう。

しかし、もともと「ソーシャル」という言葉にはもっと深い意味がある。それは「社会的な意義」とか「人道的な目的」といったことにつながるものだ。そしてFacebookなどのソーシャルネットワークが出現する以前に、すでに世界を変えたりより良い社会を目指したりすることに自分たちの才能を使いたいと考えていたテクノロジストたちが存在していた。彼らは、テクノロジーこそ社会を変えるツールになると信じていたのだ。

数10年経った今、実はそうした本来の意味での「ソーシャル」なテクノロジーがまた大きな注目を集めるようになっている。

ディスラプションは起きなかった

振り返ると、1970〜80年代のパーソナルコンピューターの黎明期、あるいはインターネットが広まり始めた1990年代初頭、多分にユートピア的な世界観ではあったものの、ソーシャルな意識を持ったテクノロジストたちが信じていたのは、新しいテクノロジーは個々人の手に与えられたツールであり、これが市民社会の構成員たちが直接コミュニケートし合うことを可能にして、既存の社会構造をディスラプト(破壊)するものだということだった。

ところが、その後数10年、実際にはコンピューターもインターネットもビジネスの効率化ツールとして用いられることが主流となった。既存社会を根本から再構成するようなディスラプションは起こらず、かえって既存の社会を強化するように働いてしまった。ある意味では、格差問題に加担したのではないかとも感じられるのが、これまでのテクノロジーの実態だったのだ。

ソーシャルネットワークも人々のつながりを加速して、何か新たなコミュニティの形成を後押しするのではと期待されたものの、結局は既存社会の鏡像のようにもなってしまった。しかも残念なことに、最近はその負の面が浮き彫りにされている。仲間と結託して誰かをいじめたり、フェイクニュースを撒き散らしたりするのにそのプラットフォームが利用されることに加えて、ソーシャルネットワークの運営会社自体がユーザーデータを主な収入源とするために、必ずしもユーザーにとっての味方ではないということも明らかになったのだ。

テックNPOの先駆け、インターネットアーカイブ

さて、その揺り返しとして起こっているのが、現在のソーシャルテクノロジーの隆盛だろう。この場合の「ソーシャル」は、人道的な目的のため、世界を変えるため、より良い社会にするためという意味を持つ。こうした目的のためにテクノロジーの本質を利用しようということだ。

ソーシャルテクノロジーを開発する組織を表すにはさまざまな言葉があり、「パーパス(確固とした目的を持つ)」「インパクト(社会に影響を与える)」「ミッション(役割を担う)」といったような表現が用いられている。単に高度なテクノロジーの利用を謳うのではなく、それを何らかのはっきりとした目的のために用いるという意思表明を行っているのだ。こうした組織は、「テクノロジーノンプロフィット」あるいは「テックNPO」と呼ばれることが多い。

筆者自身がテックNPOという言葉を最初に聞いたのは、ほぼ20年前だった。説明してくれたのは、インターネットアーカイブ(Internet Archive)というNPOを創設したブリュースター・ケール(Brewster Kahle)氏だ。

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インターネットアーカイブの創設者、ブリュースター・ケール氏

インターネットアーカイブは、インターネット上のすべてのウェブページをアーカイブするという目的で創業され、その後テレビ番組や映画、音楽などもアーカイブするようになっている。その目標は、インターネットのアレキサンドリア図書館にも似た存在になることだ。そのためにケール氏は、私財を投じてプロジェクトを開始した。

日々新たになっていくウェブページを、なぜアーカイブする必要があるのか。その問いにケール氏は、図書館の役割を大企業に任せることはできないと語った。当時、グーグルも同じようにインターネット上の図書をアーカイブしていた。だが同氏は、企業は自分たちの都合でその図書館を閉じてしまったりするかもしれない、だからNPOこそがそうした役割を担わねばならないのだと強調した。

インターネットアーカイブの「ウェイバックマシン」というアーカイブに入ると、企業の過去のホームページなどを見ることができる。それを見ると、現在は消し去られてしまっていても、その企業が「かつてこうした立場に立っていた」といったことが遡ってわかる。政治家の発言なども、しっかりとアーカイブされている。インターネットアーカイブは、ジャーナリストやリサーチャーになくてはならないサイトになっているのだ。

ちなみにケール氏は、もともとマサチューセッツ工科大学(MIT)で人工知能を学んだコンピューター科学者で、起業家として自身が創設した会社をAOLやアマゾンに売却している。コンピューターやインターネットのしくみを知るからこそ、テクノロジーNPOという存在が重要であることに当初から気づいていた人物と言える。

教育から貧困問題まで、多様な課題解決を目指す

同じように、早い時期にテクノロジーの社会的な意味を意識して作られたテックNPOには、インターネット上の百科事典ウィキペディア(Wikipedia)、マイクロファイナンシングのキヴァ(Kiva)などが、その後生まれた有名なテックNPOにはインターネット上で教育ビデオを提供するカーンアカデミー(Khan Academy)、NPOへの寄付金を集めるドーナズチューズ・オルグ(DonorsChoose.org)などが挙げられる。

近年では、テックNPOの種類もかなり増えている。そしてその分野も教育、金融、デザイン、医療・健康、市民参加などに広がり、テックNPOだけを対象とするベンチャーキャピタル会社やアクセラレーター(スタートアップを育成する組織)、シェアワークスペースまで出現している。

特にプログラマーらを集めて、社会問題に対処するソリューションを考えようとするNPOは数多い。ベネテック(Benetech)コード・フォー・アメリカ(Code for America)コード・ザ・チェンジ(Code the Change)などだ。

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ベネテックは社会問題の解決を目指す団体向けにソフトウェアを開発する

教育では、少女やアフリカ系の少女にプログラムを教えようというガールズ・フー・コード(Girls Who Code)ブラック・ガールズ・コード(Black Girls Code)などがよく知られている。

データサイエンティストをNPO・NGOとマッチさせて、人道的な目的のためにデータを使えるようにするのはデータカインド(DataKind)だ。こうした取り組みによって、NPOやNGOの活動や主張がデータを介してよりわかりやすく説得力を持つようになるだろう。

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NPO・NGOのデータ活用を支援するデータカインド

まだまだある。ハンドアップ(HandUp)は、サンフランシスコ地域のホームレスや貧困問題を扱うNPO組織に、独自のプラットフォームから人々が寄付できるようにするしくみを提供している。スポイラーアラート(Spoiler Alert)は、企業などが持つ余剰食料を取引できるマーケットプレイスを作り、フードロスの解消を目指す。

takiguchi_01_image04NPO向けにオンライン寄付システムを提供するハンドアップ

社会の問題にどうにかしてテクノロジーが使えないか。そうした取り組みが増えていることこそ、テクノロジーの本来の意味が問い直されているという証左だろう。

女性創業者が47%、自身の経験が動機に

さて、ここで一つ興味深い調査結果に触れておこう。それは、アメリカのテックNPOの創設者には女性やマイノリティが多いというものだ(The State of Diversity and Funding in the Tech Nonprofit Sector)。

女性創業者はテクノロジースタートアップの中でもまだ少数派と言える。女性は、テクノロジー関連スタートアップの全創業者のうち17%でしかない。ところが、これに比べてテックNPOでは女性創業者が47%を占める。また、マイノリティ(有色人種)の創業者は、通常のスタートアップでは13%だが、テックNPOでは30%だという。

調査を行ったファストフォーワード(Fast Forward)は、テックNPOを「オリジナルなソフトウェアやハードウェアを開発するが、NPOという立場を活用してソーシャルインパクトに100%焦点を当てる」企業と定義するが、その創設者に女性やマイノリティが多い理由は、「自分自身が直面した問題を解決したいと考えるから」と説明する。

フィランソロピーでは問題を解決できない

いずれにしても、企業のESG(環境・社会・企業統治)投資などにも見られるように、今は社会全般が現代社会の抱える問題への危機感を高めている。「ソーシャルセクター」として、こうしたテックNPOがすでに1つの業界を作っていることにそれがよく現れているだろう。従来の寄付に頼るフィランソロピーでは問題解決をするのには到底及ばず、今や経済のしくみの中にテックNPOを組み込ませられないかという試みが始まっているのだ。

次回からは、テックNPOやソーシャルセクターを構成するさまざまなプレーヤー、関連するコンファレンス、議論などを伝えていきたい。

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