2019/08/08

心の復興はずっと続く――会社経営から被災児の心のケアへ 石巻「こころスマイルプロジェクト」代表理事 志村知穂さんに聞く、いま必要な支援

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一般社団法人こころスマイルプロジェクト 代表理事 志村知穂さん(左)と、同プロジェクトの“卒業生”で現在は仙台の大学に通いながらアルバイトで活動を手伝っている熊谷和華さん

東日本大震災被災地の復興支援をCSR活動の柱の1つとしてきたファーウェイ・ジャパンは、今年新たに、宮城県石巻市で被災した子どもたちの心のケアに取り組む「一般社団法人こころスマイルプロジェクト」を支援することとなりました。 同法人を立ち上げた代表理事の志村知穂さんは、震災までは神奈川県で自ら起業したプランニング会社の経営者でした。震災後、どんなきっかけで被災地支援に関わり、被災児たちの心のケアに専念するようになったのでしょうか。その経緯とプロジェクトの活動、いま被災地に必要な支援についてお話をうかがいました。

震災から1か月後の惨状に愕然

東京出身の志村さんは、会社員を経て30歳の時に起業。神奈川県内にプランニング会社のオフィスを構えるとともに。セカンドビジネスとして仙台にも輸入家具・雑貨の販売拠点を置いていました。幼少期から石巻に住む母方の祖母のもとを毎年のように訪れていたことから、東北にはずっと愛着を持っていたそうです。

「県内には親戚も多くいたので、震災直後はまず安否確認を試みました。なかなか電話がつながらなかったのですが、数週間後にようやくSNSで被災地で小学校教師をしているいとこと連絡が取れ、なにか困っていることはないかと聞いたところ、『自分たちのことはどうにかなるから、子どもたちのことを頼みたい』と。そこで、学校で使う上履きやスクールバッグを被災した学校に届けるといった支援を始めました」

とはいえ、当初は行政が機能しはじめればなんとかなるだろう、自分はいずれこちらに会社を移して、雇用の創出や税金の納付で被災地の経済に貢献していこうと考えていたという志村さん。しかし、震災から1か月ほど経って石巻を訪れてみると、想像を絶する状況に愕然としました。

「メディアではもうだいぶ落ち着いてきたというような報道がなされていたのですが、実際に行ってみると、メディアが立ち入れない区域がたくさんあり、そこにはいまだ遺体が折り重なったままというような有様でした。町のほとんどの人がなにかしら漁業に関係する職についているので、仕事もほぼ全滅。とても1、2年で回復する状態ではないと感じました」

2階だけ残った家屋で在宅避難
学校へ入れなくなる子も

なかでもとりわけ支援の手が届いていなかったのが、在宅避難者でした。家屋の1階部分が丸ごと津波で流され、残った2階部分で生活をしている人たちが大勢いたのです。

「台所やお風呂、トイレなどはたいてい1階にあるので、2階だけで生活するのは困難です。その2階も傾いていたり、ガラスのなくなった窓にビニールシートをかぶせてあったり、当然電気やガスもありません。現金も通帳もなければ、銀行もお店も開いていない、移動のための車もないし、靴すらもないのです。そうした在宅避難者がどこにどれだけいるのか、行政も把握しきれていないので、支援も届きません。そこでまず、そうした在宅避難者の人数や被災状況などの実態調査に着手しました。昼間は人がいるのかどうかわからないのですが、夜になるとろうそくの灯りが洩れてくるので、それを頼りに1軒1軒訪問してまわりました」

そうして確認がとれた1万2,000世帯にものぼる在宅避難者家庭を区域ごとにグループ分けし、各グループのリーダーが支援物資を受け取れるシステムづくりを進めることに。その過程で、被災による心理的なトラウマから子どもが学校へ行けなくなってしまったという話を耳にします。

「通学路は通れないところも多く、学校へ行くには遠回りして何時間も歩かなくてはなりません。津波で瓦礫と化し、変わり果てた町を見るたびに、震災当日の恐怖がよみがえる。学校は避難所になっているため、授業は廊下で受けます。そんな日々を過ごすうちに、学校の門の前まで来ると涙が出たり吐き気がしたりして、中に入れなくなってしまうんです」

子どもが学校に行けずに引きこもってしまうと、親も日中外出することができず、買い物にもいけません。そこで志村さんはそうした家庭を訪問し、親が出かけている間に子どもと遊んだり勉強したり、親の相談を聞いたりするようになりました。その後、海岸沿いに建てたプレハブで児童クラブの運営を始め、しばらくはそこで不登校の子どもたちのサポートも実施。しかし、余震や津波警報が続くなか、トラウマを持った子どもたちのケアには専門のよりよい環境が必要だと考え、2014年12月、高台に現在のこころスマイルハウスを開所しました。

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石巻市内で一番高い高台に建てられたこころスマイルハウス。プレハブの建物の奥には眺めのいいテラスもある

支援の手が届かない
きょうだいを亡くした子どもたち

津波で被災した子どもたちの多くは、普通ならとても耐えきれないような壮絶な体験をしています。階段をかけあがる途中で家族だけが津波にさらわれ、残った2階の部屋で救助を待ちながら3日間1人きりで過ごした子。屋根の上にびしょぬれで避難したものの、その後降り始めた雪のなか、子どもに自分の衣服を着させて抱きしめたまま母親が凍死してしまい、その腕の中で生き延びた子。家族を探し、安置所で腐敗し、変形し、焼け焦げた遺体を1体1体確認してまわった子。そうした強烈な体験を平常心で受け入れられるはずはなく、子どもも大人も、みな被災当初は心に仮面をかぶせたような状態だったといいます。

「被災からしばらくして生活が落ち着いてきてから、そうした心の傷がPTSD(心的外傷後ストレス障害)として表れてきます。子どもたちの場合は成長とともにそのとらえ方が変化してくることもあり、きちんとケアしないままでいると、さまざまな形で影響が残り続けます」

特に、きょうだいを亡くした子どもたちは必要なケアを十分に受けられていないことが多いと志村さんは言います。

「きょうだいを亡くした子どもたちは、自分自身がきょうだいを亡くした悲しみを味わっているうえに、親も亡くなった子どものことで傷つき悲しんでいるという状況にあります。そのために親に自分のつらさを伝えることができなかったり、親のことが心配で学校へ行けなくなったりと、最もケアが必要な時にそれが得られなかった子が多いのです。被災時にはまだ幼くその記憶がなくても、その後親との愛着をきちんと形成できず、小学生になってから異常行動をするようになった子どももいます。親を悲しませまいと自分の気持ちにフタをし続け、中高生でリストカットや引きこもりが始まったケースもあります」

親を亡くした遺児に対しては行政などの既存の支援がある一方、きょうだいを亡くした子どもはそうした支援の対象にはならず、把握すらされていないのが実状です。こころスマイルプロジェクトでは、支援の手が最も届いていないこうした子どもたちのケアに専念し、一時的な関わりではなく、子どもが安定した心理状態で自立した生活が送れるようになるまで長期にわたってサポートし続けることを目指しています。

アートセラピーの力

そうしたケアのなかでも重要な役割を果たしているのがアートセラピーです。もともと心理的ケアの専門家ではなかった志村さんがセラピーを行うようになったのは、どのような経緯からだったのでしょうか。

「最初のうちは、支援が必要な子どもたちを専門家につなぐのが自分の役目だと思っていました。実際、震災後にイスラエルから来日したアートセラピーの先生が被災地で講習会を開く際に、コーディネーターとしてお手伝いをしていたのですが、その先生から『あなたはセラピストに向いている、自分でも実践してみたほうがいい』と勧められたのです。他にもさまざまなセラピーやケアの方法について調べましたが、言葉ではなくアートを通じて心の中を表現するアートセラピーは誰でも取り組みやすく、しかも効果が高いことを、何度か実践するうちに実感するようになりました」

強烈なトラウマを負った子どもたちの多くは、自分の経験を誰にも話せない、むしろ話さないことで気持ちを保ってきたといいます。そのため、体験を言語化して共有するカウンセリング的な方法ではうまくいかないと志村さんは考えています。

「地獄と天国の絵を描いて、『天国はあたたかくて気持ちのいいところ』と亡くなったきょうだいのことを思いながら話したことで、それまでの異常行動がぱったり止まったという事例もありました。まだちゃんと言語化ができない子どもでも、この方法なら心の中にため込んでいるものを吐き出すことができるんです」

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言葉にできない感情を表現できるアートセラピー。親子で取り組むことも

「私は絶対にいなくならない」
傷ついた子どもと親を受け止めるやさしさと強さ

現在こころスマイルハウスに定期的に通っている子どもは11名。今年3月までに“卒業”した子どもは29名で、その全員が不登校を克服し、学校に通うことができるようになりました。

「セラピーをやるのは必要な時だけ。あとは思いきり遊んでもらいます。ここに来る子どもたちはいろんなことを我慢してきたので、ここではやりたいことができるという体験をしてほしいんです」

高校生や大学生になって、アルバイトやボランティアとして手伝いに来てくれるようになった子どももいるそうです。

「成長するにつれて、悲しみの形も変わってきます。新たな悲しみに直面したときにいつでも戻ってこられる場所、親や他の人には言えないことを言える場所にしておきたい。子どもたちはたいせつなものを突然奪われる経験をしていますから、私は絶対にいなくならない、何があってもずっとあなたの味方、ということをいつも伝えるようにしています」

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2016年にはこころスマイルハウスの裏手に土地を買い増し、スマイルパークを開設。自身も震災でお子さんを亡くされた木工作家でこころスマイルプロジェクトの理事を務める遠藤伸一氏が、子どもたちに自分の希望が実現するという体験をしてもらいたいと、みんなのリクエストを取り入れて設計した「隠れ家」(左上)を子どもたちと一緒に制作した。昆虫ハウス(左下)は東京都三鷹市の小学校が寄付してくれたもの

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2017年に設置したトレーラーハウスは、子どもたちが思いきり遊べる場所になっている。災害時には避難所としても使えるよう、トイレやシャワー室もある

同時に大事にしているのが、親たちの心のケアです。当然ながら、大人たちも大きなトラウマを経験しており、深刻なPTSDを抱えている人も少なくありません。こころスマイルハウスでは子どもに聞かせたくない話もできるよう隔離したスペースを確保し、親との面談も実施しています。

「子どもがいくらここで元気になっても、家に帰ったら親が心理的に不安定では意味がない。親の心の安定は、子どもの心の安定に直結するんです。親御さんたちも自分自身の悲しみを誰にも話せずに苦しい思いをしてきています。それをここで吐き出してもらうようにしています」

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こころスマイルハウスには仕切りで区切られた親との面談スペースを設置。加えて家庭への訪問も行うほか、電話・メール・SNSでは24時間相談に対応している

ときにはトラウマから来る激しい負の感情をぶつけられることもあるといいます。志村さんはそれを受け止めるだけの「やさしさと強さ」が求められると話します。

「つらい体験を分かちあって共感する、一緒に涙するというやさしさはもちろんたいせつですが、それだけでは受け止めきれない。子どもたちがわざと反抗的な態度や暴力で私の愛情を試したり、親が抑えきれない激しい怒りをぶつけてきたりしても、決して逃げずに向き合い続ける強さが必要なんです」

心の傷をきちんとケアすることが
真の復興につながる

1人1人の子どもや親と深く関わりあい、長期的に支え続ける活動は、すぐに広範な成果を上げられるようなものではありません。しかし、確実に前を向いて生きられるようになる人を1人でも増やしていくことが、被災地の社会の真の復興につながると志村さんは考えます。

「国は2020年を復興期間の終了と位置づけており、震災は過去の出来事にされつつあって、被災によるトラウマや悲しみをますます口にしづらい雰囲気になってきている。でも建物が再建され体のケガが治っても、外から見えない心はズタズタに傷ついたままなんです。それを放っておけば、いずれは不登校や引きこもり、精神疾患といった形で表出してしまう。子どものうちにきちんとケアをして、学校に通い、仕事をして、家族を持ち、社会に貢献する大人に成長できるようにすることが、長い目で見れば必要な投資であるはずです」

適切なケアを受けられずに取り残されている子どもがいる限り、こころスマイルプロジェクトの活動はずっと継続していくという志村さん。ゆくゆくは現在の施設を子どもたちだけでなく地域全体のためのグリーフケアセンターにしたいと構想しています。

「石巻の人たちの8割はPTSDだといわれていて、普段は普通に生活していても、いまだにヘリコプターの音を聞くとパニックになったりしています。子どもも大人も誰もがグリーフケアを受けられる拠点と、地域の人たちがグリーフケアを学べる研修センターをこの場所に作りたいと思っています」

継続的に運営できる資金が必要
自分ごととしてとらえてほしい

震災から8年。被災地の復興は確かに進んでいますが、心の復興はまだまだこれからです。いま必要な支援は、という問いに、志村さんはこう答えます。

「心のケアに必要なのは、やはり人なんです。運営を支えてくださる仲間はいますが、セラピーやケアを私1人でやるのは限界がある。ボランティア頼みではなく、長く関わり続けられるスタッフを雇用し、継続的に運営していくための資金を確保することが課題です」

また、震災を過去のこと、自分たちには関係のないことととは思わずに、被災地の経験から学んでほしいとも語ります。

「被災地の外では、もう震災はなかったことのようになってしまっているのではないでしょうか。でも、いまだにこんなに苦しんでいる子どもたちがいるということを、多くの人たちに知ってほしい。そして、これを自分たちにも起こりうることとしてとらえてほしい。災害に備えて、とにかく自分とたいせつな人の命を守るための方法をしっかり考えていただけたらと思います」

こころスマイルプロジェクトでは個人で活動を支援できる子どもサポーターを募集しています。詳しくはウェブサイトをご覧ください。

【ファーウェイ・ジャパンのCSR】
社会への恩返しは企業の責務 本当に必要とされる支援を続けていきたい
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ファーウェイ・ジャパン
渉外・広報本部 渉外・CSR部
于 洋(ユ・ヤン)

ファーウェイ・ジャパンは東日本大震災発生以来、被災地の復興支援をCSRの柱の1つに据え、チャリティーリレーマラソンのサポートや経団連自然保護協議会による震災メモリアルパーク中の浜プロジェクトへの協力など、さまざまな活動を行ってきました。重視してきたのは、一回かぎりの寄付に終わらず、本当に必要とされている支援を継続的に行っていくということです。今年、新たに応援できるプロジェクトを探すにあたり、日本フィランソロピー協会からこころスマイルプロジェクトについてお聞きし、たいへん重要な取り組みをされていることに感銘を受けました。

支援するうえでは、やはり自分の目で現状を確かめたいと思い、石巻を訪れました。最初は子どもたちのために本やおもちゃなどを寄贈しようと思っていたのですが、志村さんから「備品は十分にあるし、子どもたちが何もせずにものがもらえるという意識を持ってしまうのはよくない」とうかがい、考えを改めました。震災から8年経ち補助金や企業寄付が先細りするなか、今後も安定して活動を続けていけるよう、運営資金を支援することとなりました。

実際にお会いしてお話させていただき、志村さんの熱意と献身に強く心を打たれました。今年のクリスマスにはサンタクロースの格好で子どもたちにプレゼントを届けにいくことを約束しています。個人的にも子どもサポーターに登録をしました。

2年前まではアシスタントとしてCSR業務の補佐をしていたのですが、その後メインで担当するようになり、CSRに対する意識が大きく変わりました。いろいろな困難がありながらもファーウェイ・ジャパンがここまで成長してこられたのは、ひとえにお客様、社員、そして日本社会の皆様のおかげ。社会に恩返しをするのは企業としての重要な責任だと実感し、1つ1つの支援をなぜやるのか、どのようにやれば価値を生み出せるかをしっかりと考えるようになりました。 現場を知ることのたいせつさもわかってきました。被災地へ足を運び、そこで知り合った人たちとのつながりから新たな活動の芽も生まれています。これからも被災地の復興と日本社会のさらなる発展に向けて、必要な貢献を長期的に続けていきたいと思っています。

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経団連自然保護協議会の震災メモリアルパーク中の浜プロジェクトには、発足した2014年から協力を継続。于もたびたび現地での活動に参加している

ファーウェイのCSR活動について、詳しくはこちら

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