2019/08/09

【携帯電話研究家・山根康宏が見る、5Gとその先の未来】韓国の5G開始で感じる、アジアが世界のデジタルエコノミーを牽引する時代

香港を拠点とし、世界各地で携帯端末の収集とモバイル事情を研究する携帯電話研究家・ライター。1,500台超の海外携帯端末コレクションを所有する携帯博士として知られるが、最近では通信技術やIoTなど広くICT全般へと関心を広げ、多岐にわたるトピックをカバーしている。『アスキー』『ITmedia』『CNET Japan』『ケータイWatch』などに連載多数。

5G時代のユーザー体験を実感できる韓国

韓国の5G加入者数が100万人を突破し、首都のソウル市内では5Gスマートフォンを片手に動画を視聴する消費者の姿もちらほらと見かけるようになってきた。世界各国で5Gサービスの開始が相次ぐが、韓国は高層ビルが立ち並び人口が密集する都市エリアでの5Gの本格展開で世界を1歩リードしている。韓国で始まった5Gサービスは、5Gで消費者の生活がどのように変わるのか、具体的な事例を現実のものとして見せてくれるショーケースにもなっている。

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5G加入者100万人を超え、記念キャンペーンプロモーションを行うKTの店舗

5Gの導入で問われるのは「5Gは必要なのか」という議論だが、データ通信単価と通信品質を考えれば「4Gから今すぐにでも5Gへアップグレードすべき」というのが、実際に韓国で5Gを使った筆者の感想だ。韓国の通信事業者3社の5G通信料金は数百MBのデータ利用プランを基本に、キャンペーン料金として完全定額プランを日本円で1万円以下で展開している。4Gの通信料金なら2~3割安い価格で利用できるが、通信速度は100から200Mbps。これに対し5Gでは、ソウルの繁華街で500~700Mbp程度と倍以上の速度が体感できる。場所によっては1Gbpsを利用することも可能だった。

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5Gにつながれば700Gbps前後はコンスタントに利用できる

YouTubeであることを忘れる高速な動画視聴

4Gの倍以上の速度を利用できることで、動画のストリーミング配信の利用スタイルは大きく変わる。筆者は個人的にK-POPが好きで、音楽を聴くことはすなわちYouTubeでミュージックビデオ(MV)を見ることになっている。韓国ではアーティストが所属するプロダクションがオフィシャルでMVを流しているため、合法で最新の音楽クリップをいつでも見ることができるのだ。3G時代はスマートフォンでMVを見るとしても低い画質に我慢しなくてはならなかったが、4GになってからはフルHDの動画も好きな時にストリーミングで見ることができるようになった。それでもYouTubeのビデオ一覧からビデオを選び、再生するまでには数秒待たねばならないし、ビデオの途中まで飛ばそうとしても同様に待たされることがある。

5Gではビデオをタップすればすぐに動画再生が始まるし、先に飛ばしてもまるでローカルにビデオクリップが保存されているかのように即座に再生が再開される。実際にソウルで5Gスマートフォンを使ってみると、もう4G回線ではYouTubeは見たくないと思えるほど違いが体感できるのだ。「4GでもYouTubeは普通に使える」と感じている人も多いだろうが、5Gなら「YouTubeに接続していることすら忘れる」ほど快適なのだ。

スマートフォンでの音楽利用はスマートフォン本体にファイルをダウンロードしたり、手持ちのCDからリッピングしてデータ化して保存しておくスタイルではなく、Spotifyのようなストリーミングサービスの利用が一般的になりつつある。5Gはビデオの体験もローカルからクラウドへの利用を加速し、Spotifyのように見たい動画をオンラインから選ぶ時代を現実のものにするだろう。そうなると動画配信サービス側にはTVとは異なる小さい画面でもリモコン不要で操作しやすいUIや、動画を選びやすいポータル画面の構築などが求められる。コンテンツの使い方が変わるだけではなく、配信側も5Gへの最適化が必要になるのだ。

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4Gと5Gの違いをアピールするLG U+。5Gなら動画配信もストレスなく視聴できる

一方で5Gの高速回線は長時間映画のダウンロードも一瞬で行える。オフライン時や非5G接続時のために、数百MBの動画をスマートフォンにキャッシュとして保存しオンライン・オフラインを気にせず視聴するスタイルも普及するだろう。

5Gならではのサービスが新たな収益源に

さて高速回線でYouTubeを視聴するのは5Gの使い方の一例にすぎず、4G時代に対しての体験向上化にすぎない。5Gで期待されるのは、5Gでしか提供できない、5Gならではのサービスだ。韓国の通信事業者も5Gの開始とともに4G時代にはなかった新しいサービスを始めている。なお筆者はその3社のうち、LG U+と契約を行ったが、これはLG U+が他の2社、SK TelecomとKTにはない5Gコンテンツサービスを提供していたからだ。それでは実際に韓国で提供されている5Gのコンテンツサービスのうち、筆者が使ってみたものを紹介しよう。

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韓国では5G向けの新たなコンテンツサービスが始まっている

まずK-POPファンなら誰もが歓迎するサービスが「アイドルライブ」だ。日本のAKB48など大人数グループには及ばないものの、K-POPのアイドルグループは5名や8名といった大所帯だ。音楽番組やMVで彼ら・彼女らのダンス動画を見ると、全員を映しながらソロパートでは歌っているメンバーのみをアップする、というのが何十年も変わっていない配信スタイルだろう。しかしこれでは自分の好きな「推し」メンバーを常に見ることができない。

YouTubeを見てみると、TVやネット、あるいは街中で行われるミニライブなどから、グループの特定のメンバーだけを切り取ったクリッピングビデオがよく見つかる。著作権的にはグレーなものだが、好きなメンバーが歌っていようが歌っていまいが、その曲の初めから終わりまですべてを見たいと思うファンがこのようなビデオクリップを作ってアップロードしているのだ。

LG U+のアイドルライブは、それをオフィシャルに配信するサービスなのである。メイン画面には通常のTV番組と同じ映像が流れるが、画面からメンバーを選ぶだけで画面内にそのメンバーだけをアップした縦長のクリッピング画面が表示され、そのメンバーだけをずっと見ていられるのである。メンバーは最大3人まで選択可能なので、他に好きなメンバーを選んだり、あるいは友人と画面を見ながらお互いが好きなメンバーをアップにする、という使い方ができる。

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アイドルライブは推しメンバーを拡大して表示できる

この放送を実現するためには、通常のTV配信に必要なカメラの数に加え、メンバー1人1人のカメラが必要となる。一部のカメラは流用できるだろうが、たとえば5人グループの配信には10台前後のカメラとカメラマンが必要になり、その分コンテンツ制作コストも高まってしまう。そのコストは5Gの配信サービスを有料にして回収できるかもしれないが、そこまでしてメンバー個別の配信を見たいと考える視聴者がどれくらいいるかは未知数だ。

5G向けの新たなコンテンツサービスを開始し、そこから新たな収益を得ようると考えるのは事業者側の理論になる。一方、消費者側は家計の総予算が決まっている。韓国3社は5Gコンテンツサービスの料金を半年や1年無料とし、まずは使ってもらう戦略に出ているが、多くの消費者は有料化とともにそれらのサービスを解約してしまうだろう。

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SK Telecomの5Gプラン。5Gコンテンツは別途有料なものもある

マルチカメラ配信でコストがかかるのであれば、ドローンを使ったリモートカメラでコストを下げる、といった工夫も必要になるだろう。またはマルチ画面表示の1つに広告を流すことで消費者の費用負担をなくす方法も考えられる。5Gは通信事業者にとってインフラ投資に莫大な費用がかかるうえに、新しいサービスも始めなくてはならず、4G時代以上に先行投資が必要になる。しかし従来の発想にとらわれない新しいマネタイズのアイデアを生み出すチャンスでもあるのだ。

没入感たっぷりのスポーツ観戦

アイドルライブ以外に気に入ったサービスが、プロ野球配信である。筆者は太陽ホエールズ時代からの横浜ベイスターズファンであったが、1998年から香港に居住し野球放送から遠ざかってしまうと、野球への興味は薄れていってしまった。その一方で台湾や韓国を訪れたときに暇つぶしに見る野球中継が面白く、時には1試合をまるまる観戦してしまうこともある。

5Gを使ったプロ野球配信はLG U+だけではなく他の2社も提供しており、主に男性ユーザー獲得を目指したサービスと言える。普通の野球中継に加え4つの別配信が用意され、それぞれを同時に見たり、切り替えて視聴したりできるのである。4つの画面はバッター、ランナー、ピッチャー、そして観客席などで、シーンによって切り替わることもある。1点差で負けているチームがノーアウト1塁に俊足のランナーを出したときなど、牽制のタイミングをうかがうピッチャーの表情をアップで見るといったことができるのだ。あるいはイニング交替の時に華やかなダンスを見せるチアリーダーの動きも韓国プロ野球の面白さの1つ。モデルクラスのチアリーダーも存在し、個人的なファンがYouTubeに動画をアップするほど人気なケースもある。TVのプロ野球中継では一瞬しか映らない彼女たちも、5Gの野球配信ならじっくりと踊りを見ることができるのだ。

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野球場の複数のアングルからの動画を同時視聴できるプロ野球配信

この5Gの野球配信を体験した後にホテルの部屋のTVで野球番組を見ると、固定した画面しか見ることができず、しかもこちらの考えとは無関係にベンチやバッターのアップに画面が切り替わる。5Gの野球配信はまるでスタジアムの中にいるように、自分で好きなシーンを切り替えてみることができた。それに対してTV放送はカメラを通した遠隔地に自分がいることを改めて思い知らされたのだ。5Gのスポーツ配信は試合に対する没入感を大きく高めてくれるのである。

既存のディスプレイでは物足りない 折りたたみスマートフォンに期待 プロ野球中継ではほかにもハイライトシーンをプレイバックして見直したり、ピッチャーの配球データを表示するといったこともできる。これらのサービスは2018年2月に開催された平昌冬季オリンピックでも試験的に提供されたもので、当時は5G搭載タブレットを使って一部の来場者が視聴できたに過ぎなかった。しかし今では5Gスマートフォンを買えば誰もが同じ体験をすることができるのである。

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平昌オリンピックでKTがテストした5G配信サービス

平昌オリンピックでは複数カメラの同時配信が見やすいように、8インチ程度の画面サイズのタブレット(サムスン製)が試供された。ビデオを1画面で見るならスマートフォンの画面サイズでも十分だろうが、2つ以上の動画を同時に表示するとなるとタブレットクラスの画面サイズが欲しくなる。とはいえタブレットはポケットには入らないし、手軽に持ち出せる大きさでもない。

筆者は韓国でサムスンの「Galaxy S10 5G」とLGの「V50 ThinQ」の2つの5Gスマートフォンを使ってみた。V50 ThinQにはディスプレイをもう1枚追加し、左右に屏風のように折りたためるスタイルとなる「ツインビューカバー」を取り付けて使ってみた。Galaxy S10 5Gはスマートフォンの中でも大きい部類に属する6.7インチのディスプレイを搭載しているものの、複数のビデオを表示するには狭さを感じた。

それに対してV50 ThinQは、メイン画面に全体映像を表示し、もう1枚の画面にマルチ画面の小さいウインドウを複数表示できるためコンテンツが見やすかった。5Gコンテンツの利用にはスマートフォンサイズのディスプレイでは物足りないのだ。

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LGのV50 ThinQの2画面化カバーで視聴するアイドルライブ。1画面よりも見やすい

そこで登場するのが曲げることのできるディスプレイを搭載した「折りたたみスマートフォン」だ。折りたたみスマートフォンはコンパクトなスマートフォンとしても使えるが、大きい画面が必要になったときはいつでも開いてタブレットとして使えるのである。市場調査によると折りたたみスマートフォンは2023年には4,500万台まで市場規模が拡大すると言われているが(カCounterpoint Research調べ)、テキストと写真中心のSNS利用が主流の4G時代の端末には必要性は感じられないだろう。折りたたみスマートフォンは動画利用とマルチウィンドウの時代に必須のフォームファクターになると筆者は考える。

折りたたみスマートフォンは2019年7月末時点でロヨルの「FlexPai」のみが製品化されており、サムスンの「Galaxy Fold」、ファーウェイの「Mate X」は9月以降に登場する予定といわれている。いずれもAndroid OSを採用するが、Galaxy Foldは開いた状態で最大3つのウインドウを同時に利用できるようにするなど、スマートフォンの新しい使い方を提唱しようとしている。しかし韓国で5Gコンテンツを体験してみると、5G時代には今のスマートフォンのUIのを抜本的に変える必要があるように感じられた。

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ロヨルの折りたたみスマートフォンFlexPai

動画ベースの新しいUIが必要

今のスマートフォンは基本的にアプリを起動することを目的としてアイコンが並んでいる。ウィジェットや通知画面で最新情報が表示されるがそれもテキストだ。しかし5Gスマートフォンを使ってみると、あらゆるコンテンツや情報を動画で楽に受け取れるため、動画を利用する時間が格段に増える。ニュースはニュースサイトのタイトルを読むのではなくキャスターが話すニュース番組を視聴し、天気予報ですら気温や降水確率が表示される天気予報サイトよりも予報官が解説する放送を見ようと思うことが筆者はよくあるのだ。アプリケーションのアイコンというただの「絵」が並んだ画面は、リッチコンテンツで情報を即座に入手できる時代には最適ではないと感じる。

スマートフォンのOSはグーグルとアップルの2社がほぼ市場を寡占している。しかし通信インフラやスマートフォンの性能向上に、両者のOSのUI設計が追いついていないのではないだろうか。そもそも消費者はスマートフォンのアプリを起動したいのではなく、サービスを使いたいのだ。そしてそのサービスはアプリをタップしてから利用するのではなく、使いたいときに常に利用できるように24時間動き続けているべきだろう。目が覚めたらFacebookを立ち上げるのではなく、目を開けた瞬間にスマートフォンの画面を見ればそこに友人や家族の最新情報が並んでいる、しかも動画で。これが5G時代に求められる体験だ。

ファーウェイは8月9日、新たな独自OS「HarmonyOS」を発表。もちろんすべての自社スマートフォンにそのOSが搭載されることはないだろうが、新しい知見に基づいたUIを提供することは間違いない。またファーウェイを含む中国のスマートフォンメーカー各社はAndroid OSを独自に改変し、自社開発のUIを搭載した「自社製OS」を搭載した端末を市場に投入している。

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ファーウェイは独自OS「HarmonyOS」を発表。このほか、スマートフォンメーカー各社が独自にAndroid OSのUIを改変している

5G時代をリードするアジアIT企業

中国では2020年には本格的な5G時代を迎えようとしているが、中国のスマートフォンメーカー各社は今後中国のウェブサービスとの提携を深め、5G時代に適したUIを独自に実装する可能性も考えられる。「待ち受け画面に常にTikTokの動画が流れている」――1、2年後にはそんなスマートフォンが当たり前になっているかもしれない。中国には通信インフラ、ハードウェア、サービス提供のすべてで最先端を突っ走る企業が集まっており、その動きの速さは欧米や他国を大きく上回っている。

現時点で世界のデジタルエコノミーを牽引しているのは「GAFA」と呼ばれるアメリカの4企業だ。しかし5G時代にはGAFAですら市場の動きへの対応が遅れ、13億人の5G利用予備軍がいる中国にスピードで追いつけなくなるかもしれない。なにせ中国最大の通信事業者、中国移動1社だけでも加入者数は9億3500万人にも達しており(2019年6月末時点)、同社が独自のサービスを始めればそれだけで世界の人口の1割以上の人々がそれを利用する計算になるのだ。

中国の隣国である韓国は冒頭で説明したようにすでに5Gを開始している。また日本も中国と同じ2020年に5Gが本格展開される予定だ。高い技術力を持ち国民のITリテラシーも高い日本と韓国、そして巨大な中国市場で5Gが始まることで、世界最先端のサービスがこのエリアから次々と生まれることが期待できるだろう。5G時代に世界を動かすのは、GAFAではなくアジアのIT企業になるかもしれないのだ。

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