2019/07/13

【北欧ライフに学ぶ、幸せの処方箋】デンマーク流子育て事情 声を荒げない子育て、できますか?

デンマーク工科大学 リサーチアソシエイト。北欧研究所主宰。京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。専門分野は、情報システム、デザインアプローチ。異文化協調作業支援、創造性支援、北欧におけるITシステムと参加型デザインの研究を行っている。

Andor Bujdoso © 123RF.com

働きやすい、子育てしやすい、福祉が充実している、男女平等……こうしたイメージで語られ、幸福度が高いと言われる北欧諸国。そこで人々が感じている「幸せ」の源泉はどこにあり、それは日本人にとっての「幸せ」とどう違うのでしょうか? 連載「北欧発Happiness Technology」で社会に根づき人々に幸せをもたらすICTを紹介してくださっている北欧研究所主宰の安岡美佳さんを中心に、北欧での日々の体験に基づく「北欧式・幸せの形」をさまざまな角度から探っていただきます。

1960年代のデンマークでは、体罰はしつけだった

『きっと、いい日が待っている(Det kommer en dag)』そんなタイトルに少し不安を感じながらも見始めたデンマーク映画であるが、またやってしまったと思うのにそれほどの時間はかからなかった。もう見るのをやめようと思いながら最後まで視聴し、後味の悪さが延々と残り続けるいつものパターンである。デンマーク映画は、ソーシャルリアリズムといわれるジャンルに当たる社会問題を扱った息が詰まるような映画が多く、この映画もその一つだった。

映画『きっと、いい日が待っている』は、1960年代のデンマークの首都コペンハーゲンの養護施設が舞台だ。コペンハーゲンの養護施設で実際にあった話を元に、当時の事実をつぎはぎして台本が構成された。当時の養護施設には、親がいなかったり、なんらかの事情(精神疾患やアルコール依存症が多いらしい)で親が面倒を見ることができなくなったりした子どもたちが預けられる。物語は、そんな養護施設の一つに兄弟が送られることから始まるが、次第に、施設の大人から肉体的・精神的暴力がぶつけられ、果てには性的暴力が向けられる。

映画の詳細については本稿では割愛するが、60年代のデンマークでは、子どもたちへの暴力が、教育や指導やしつけの名の下に行われていた。家庭では絶対的な権威である親が「しつけ」として子どもをひっぱたき、学校では教師が鞭で子どもを叩く、立たせるなどの体罰を実施する。それが、その当時の北欧では子育てや教育には必要なことだと思われていたわけだ。

社会の変化とともに減った子どもへの暴力・叱責

60年代のデンマークは、経済成長によって産業構造が大きく変わるとともに、今皆が認知するような北欧モデル、高福祉高負担の国家への移行時期でもあった。多くのデザインの巨匠が生まれ、高福祉国家の枠組みが整えられ、女性の社会進出、教育改革が起こった。体罰や教育的指導の名の下に行われる大人から子どもへの暴力行為は紛れもなくこの頃の現実だが、教育改革を経て教師は一方的な指導者ではなくなり、次第に教師は苗字でなく名前で呼ばれるようになる。そして、鞭での体罰や言葉の暴力も減少していく。

このしつけや教育という名の体罰や暴力の日常が変わっていったのは、どういう経緯なのだろう。体罰の禁止は、1979年にスウェーデンが世界で初めて法律として規定し、その後フィンランド(1983年)、ノルウェー(1987年)が続いた。70年代には体罰は社会的にも容認されており家庭の約半数が体罰を与えていたというが、2000年には数%に減少したという。デンマークはその他の北欧諸国から遅れること20年ほど、1997年に「安全な養育への権利」という理念を根拠として体罰禁止を規定した。日本では、さらに20年後の2019年6月19日に改正児童虐待防止法が成立し、2020年4月から親の体罰が法的に禁じられるようになる見込みだ。ただ、複数の調査から、日本ではいまだ多数の人たちが、現状「しつけ」として体罰を容認しているとされる。

今、デンマークでは、体罰が減少しているだけでなく、子育てをしている親が子どもを「何やっているの!」と叱る姿を公共の場で見ることは非常に稀になっている。子どもを叱らない親のイメージが湧きにくいかもしれないが、つまり、デンマークの親が子どもに対して声を荒げて怒るシーンを見る機会がとても少ないと言うことだ。もちろんイタズラをする子どもはいるし、泣き叫ぶ子どももいる。欲しいものがあるからと地面を転がる子どももいる。ただ、その子どもを見て、「何やっているの!いい加減にしなさいっ!」と怒号を散らす大人の姿を見る機会はほとんどない。では、大人は「しつけ」として、子どもたちにどう対応しているのだろうか。

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Vasiliy Budarin © 123RF.com

子どもも一人の人間、主観は押し付けない

皆さんが今コペンハーゲンの街角にいると想像してほしい。ぐずる子どもを前に皆さんが見る光景はこんなようなものである。大人は、まず、子どもの目線に合わせるためにしゃがむ。そのあと、目を見て理由を尋ねる。次に、大人としての自分の意見を滔々と説明する。そして、「あなたはどう思うのか。どうしたいのか」を子どもに聞くのだ。時には大人も戦略を立てて子どもに相対するし、子どもは子どもで大人を論破しようとする。内容はどうあれ、その親子の話し合いの姿は、両者とも驚くほど真剣だ。

イメージしにくいだろうか。もっと具体的に説明を試みてみよう。

例えば、保育園からの帰り道、子どもが「アイスクリームが食べたい」と言い出したとする。頭の中で親の私はこんな風に考える――「食事前にアイスクリームを食べられても困るし、バスにも乗らなくてはいけないので今すぐに食べさせることはできない」。そこで、私は娘に言う――「今は買えません」。もちろん娘は引き下がることはなく、ストライキを起こしてアイスクリーム屋の前から動こうとしない。そして、娘は続けて理由を言うのだ。「アイスクリームをどうしても今食べたい。なぜかと言うと幼稚園でたくさん動いたしお腹がとても空いていてこれ以上歩けないからだ。そしてお腹が空いているのは体に良くない」。親の私は絶望的になりながら北欧流に子どもの目線に近づき、理由を説明する。「今日は荷物がたくさんだし、早く帰って食事を作らなくてはならないから買うことは難しい。もっと遅くなるとバスが混むから帰るのがもっと大変になる」。理論はどうあれ説得を試みる子どもの意見を聞き、こちらの考えを説明してもう一度考えさせる。この時は、最終的に、家に帰って夕食をまず食べること。食後に元気があったら歩いてアイスクリーム屋に行くことで合意した。

デンマークでは、子どもが成人する18歳までは、大人は子どもを扶養する義務があり、アドバイスをする義務がある。しかしながら、同時に、たとえ保育園児であっても一人の人間としてみなし対応することが重要だと考えられている。きちんと説明すればその歳なりに理解するのであって、何よりも対話を通して考えさせ、その上で合意形成をすることが重要であるとする。親の意見を提示するとしても、親とは別の人格である子どもの意見は尊重されるべきである。最終的には自分の道を決めるのは当事者本人であるということを幼い頃からなんどもなんども訓練し、義務と権利、責任と自由といった民主主義の基本を毎日の生活の中で教え込んでいるようだ。

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自分の意見が尊重されるという経験を通じて民主主義の基本を学ぶ(筆者撮影)

日本の親は綺麗なチューリップを見たとき、子どもに「綺麗ね」と話しかける。一方で北欧の親は、「チューリップだね」と話しかける傾向があると言う。綺麗であるかどうかは主観であり、感情や感覚は親の押し付けではいけないという。こんな小さな対応の背景に大きな違いが隠されていることに驚かされる。

社会の合意で変わる子育て

私にとって、デンマークでの子育てが初めての子育て体験であり、まわりの北欧の親子を参考にしていた。そんな私が日本に時折帰国し子育て事情で驚いたことはたくさんあるが、子どもに感情的に怒っている大人の姿にはとりわけ驚いた。突然罵声が聞こえてきたと思ったら子どもを叱りつけている親の声だったり、子どもの泣き声が聞こえてきたと思ったらゲンコツが親から出てきたりする。しかも公共の場で、そしてテレビのドラマやメディアで。長年北欧で暮らし、子どもへの「しつけ」であると認識できない私の目には、そのようなシーンは、単なる感情のコントロールができない大人が弱いものいじめをしている姿にしか見えない。日本で生まれ育った私もそうなのだから、たまたま居合わせた北欧の旅行者などは、心底驚くだろう。

子どもと対話をしたり、子どもに真剣に対応し説得するなどは、時間がかかってしょうがないと考えるかもしれない。ただ、叱りつけたり怒鳴ったりしても同じように時間がかかるし、かなり体力を消耗する。それならば、語ったり説得する方が、さらに子どもの自立を促す効用もあるために一石二鳥の方法かもしれないと思うようにしている。もちろん、子どもに対していつも大人対応できるわけではないし、恐ろしいことに、デンマークではできないのに、日本にいると子どもに怒鳴っている自分がいる。子育ての常識は、意外と社会の合意となっていることが多い。その社会の合意を作り出しているのは、まわりの親がしている行動であったりメディアで受容されている日本だけで通用する社会常識であったりする。泣いて転げ回る子どもを見て「うちの子も同じことしたよ」と笑って声をかけてくれたり一緒に説得したりしてくれる、そんな北欧にいるような若者や大人たちがもっと日本に増えればいい。

北欧ライフに学ぶ、幸せの処方箋④
声を荒げても人は育たない。対話をしよう。

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