2019/08/02

【ソーシャルテクノロジー最前線】デザイン思考をビジネスからNPOへ 社会的インパクトを生み出しつつあるIDEO.orgの取り組み

フリー・ジャーナリスト。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。フルブライト奨学金(ジャーナリスト・プログラム)を得て、1996年から2年間、スタンフォード大学コンピューター・サイエンス学部にて客員研究員。当時盛り上がりを見せていたシリコンバレー・テクノロジー産業のダイナミズムに魅了される。現在、シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネスのほか、社会、文化、時事問題など、幅広く取材。ネットと社会の変貌を追い続けている一方、建築やデザインも大きな関心の対象。

Yannawit Dhammasaro © 123RF.com

デザイン思考を生んだIDEO

サンフランシスコを本拠にするデザイン会社IDEO(アイディオ)は、今や世界的に知られた存在だ。早い時期にアップルコンピュータのデザインに関わったり、広く利用されている日用品のデザインを手がけたりしてきた。

だが、シリコンバレーのイノベーションと分かち難い会社として知られるようになったのは、「デザイン思考」という言葉が確立してからだろう。今やビジネスをはじめとして、教育や社会問題の解決策を求める人々がその手段として利用するデザイン思考は、IDEOから生まれてきたと言っても過言ではない。モノのデザインの背後にあるプロセス、つまりユーザーに焦点をあて、ユーザーが何を求めているのか、ユーザーにとっての使いやすさとは何かを考える中で生まれてきた方法論が、デザインを超えた広い領域で有効なものとして注目を集めてきた。IDEOは、それを経験に基づいて生み出したのだ。

社会変革を教育することで知られ、同じくデザイン思考をその方法論の中心に据えているスタンフォード大学のd.Schoolも、その設立や運営にIDEOの関係者が関わっている。イノベーションをどう起こすか、現在注目されるその思考の中心にIDEOがいるわけだ。

NPOをスピンアウト

さて、そのIDEOは2011年に非営利組織(NPO)をスピンアウトしている。IDEO.orgと呼ばれるこの組織は、IDEOが築いてきたデザイン思考の方法論をNPOの世界へ応用するために作られた。

今でもそうだが、ビジネスとNPOの世界はまったく別物と捉えられがちだ。一方は生き馬の目を抜くような競争社会、そして他方はそんなビジネスとは無関係に、あるいはできるだけ接触しないようにして、社会を良い方向へ向かわせることを目的としている。残念なのは、そのついでにNPOの活動によるインパクトはそれほど大きくなくても仕方がない、という見方ができてしまったことだろう。

そうしたNPOへIDEOが関わることになるというニュースは、何かしら社会が変わりつつあることを感じさせた。ビジネスとNPOの考え方が交わっていくこと、NPOにも効果的な活動を行う余地がたくさん残されていること、ビジネスにはできないイノベーションがNPOから生まれてくる可能性もあることなどを期待させたのだ。

ユーザーと共鳴し、真のニーズを探るデザイン思考

IDEO.orgがどんなプロジェクトに取り組んでいるかに触れる前に、デザイン思考とは何かを簡単に説明しておこう。

デザイン思考以前のビジネスでは、新しい製品やサービスは、企業の収益拡大という目的や誰かのアイデア、マーケティングリサーチに基づいて作られていた。「ともかく世に出してみる」というアプローチも多かった。そこに欠けていたのは、「ユーザーや消費者は本当のところ、何を求めているのか」という、使い手と共鳴する深い視点だ。

デザイン思考に則った開発は、ユーザーの生活や仕事のやり方を観察することから始まる。そして、何が不便を引き起こしているのか、そこにあれば生活を向上させるものは何かを見出そうとする。チームを組んでさまざまなアイデアを出し合い、それらをふるいにかけてプロトタイプを作る。そのプロトタイプを、ユーザーがいる環境に持っていって使ってもらい、そこからのフィードバックを参考にして次のプロトタイプを作り、さらにユーザーに戻す。この「イテレーション(試行錯誤)」という過程を何度も繰り返して、少しずつ最終製品やサービスに近づけていくのだ。

デザイン思考には、ビジネス側のひとりよがりを避けて、ユーザーもそれまで自覚しなかった必要性を掘り起こすという働きもある。同時に、デジタルテクノロジー時代になって、前例がない製品を生まなければならない状況においては、非常に有効な方法となったのだ。

途上国や貧困層の課題にデザイン思考でアプローチ

IDEOは、IDEO.org が設立される以前からいくつかのNPO関連のプロジェクトに関わっていた。貧困問題に取り組むアキュメンファンドと協力して、アフリカやインドに安全な水を供給するための実験を行ったのもその一つだ。だが、IDEO自体が非営利組織にならないと運営をスムーズに進めることができないという面もあったようだ。プロジェクトの精査方法や費用などの点で、ビジネスとNPOのアプローチやレベルがかみ合わない。IDEOは、IDEO.orgをスピンアウトすることで、NPOと同じチャネルに位置し、IDEOのスキルや思考のリソースをNPOにアクセスしやすくしたのである。

それでは、IDEO.orgではどんなプロジェクトを進めているのだろうか。いくつか紹介しよう。

ミャンマーでは、小規模農家が効率的に耕作することを可能にするために、農業用のIoT製品をテスト中である。水田の水位をモニターするセンサー、ナッツ農園の湿度を測るセンサー、農園の面積を正確に計測して必要な肥料などを算出できる地図アプリなどだ。これまで「経験」や「勘」でやってきた農業に、最先端のツールを与えるものだ。

途上国の少女たちに、自分の健康と身体を自分でコントロールする力を与えるようなプロジェクトもある。ザンビアで行われたのは、ティーンエージャーの少女たちが避妊について学び、実践できるように手助けするセンターの設置だ。同国では、女性が平均18歳で子どもを産み、ちゃんとした教育も仕事も手にしないままに生活に追い立てられるようになるケースが多い。避妊教育はこれまで成人向けに行われることがほとんどだったが、それをティーンエージャーに向けることによって、手遅れになる前に自分の身体と人生をコントロールする術を与えるわけだ。

センターでは、マニキュアをしながらざっくばらんに男の子やセックスについて話をしながら、避妊の方法を学んでいくように考えられている。センターの利用率は高く、何度も戻ってくるティーンエージャーも多いという。

アメリカで進められるプロジェクトもある。貧困層の家庭も多いシカゴで、ティーンエージャーらがお金に対するリテラシーを習得するよう考えられたアプリがそれだ。お金を使う時や貯金ができる時に意識的になり、自分のゴールを立てたり、クラスメートとお金に対して下した判断をシェアしたりする。こうしたことは学校でも学ぶが、馴染みの深いスマートフォンを使う方が影響力が強いと開発されたものだ。

パートナーシップでインパクトを生み出す

IDEO.orgでは、プロジェクトを4つの長期的な視点を持つ分野に分けている。グローバルヘルス、繁栄、増幅、転換である。グローバルヘルスは、主に途上国の健康管理や性・生殖の知識習得に関するもの。繁栄は、自身の将来の経済状態を自分でコントロールできるようにサポートするもの、増殖は、世界の難問に対して、これまで政府がやってきた官僚的な方法に代わり小さなソリューションの芽を植え付けるようなもの。そして転換は、社会イノベーションにデザインをどう応用するかを実験する分野だ。

いずれにおいてもIDEO.orgが独自に進めるのではなく、他のNPOや財団、場合によっては政府機関や企業、他のデザイン会社とのパートナーシップによってプロジェクトが構成されている。そうしたパートナーには、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ヒューレット財団、英国国際開発省などの名前が見られる。

設立から8年足らず。IDEO.orgは、デザイン思考を軸にして、すでに世界に大きなインパクトを与えるプレーヤーとなっているのである。

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