2019/07/22

【北欧発Happiness Technology】オフィスの空気と健康、生産効率の親密な関係

デンマーク工科大学 リサーチアソシエイト。北欧研究所主宰。京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。専門分野は、情報システム、デザインアプローチ。異文化協調作業支援、創造性支援、北欧におけるITシステムと参加型デザインの研究を行っている。

昨年コペンハーゲンにオープンしたデザインプラットフォーム「BLOX」。IoTと「隙間」設計で快適な空間を実現している

私たちは1日の大半を室内で過ごしている

現代社会において、人は1日の約90%を何らかの「室内環境」で過ごしていると言われている。90%である。つまり1日の大半は室内環境で過ごしているのだ。確かに私の普段の生活を考えてみると、純粋に外にいるのは通勤や子どもの送り迎えの約1時間と昼ごはんを食べる際の約20分程度しかない。それ以外の時間はオフィスや自宅、駅、電車、スーパーマーケットなど何かしらの「室内環境」で生活している。

近年の研究では、この室内環境が健康や生産効率など、人体にどれだけ影響をもたらすのかに注目が集まってきている。今日は、この室内環境をめぐる幸せとテクノロジーについて少し書いてみたいと思う。

快適な室内環境って何だろう?

快適な室内環境というのを想像してみてほしい。これは人によっても若干異なるだろうが、暑くもなく寒くもない。ジメッとした不快さもなくて、乾燥しすぎているわけでもない。もちろん、うるさくもない。そんな状態を想像するだろう。

快適な室内空間では、生産効率が高まり健康にも良いという科学的実証が近年なされてきている。研究によると、快適な温熱環境に保たれた室内では、生産効率が約10%程度向上すると言われている。また、ウイルスや細菌の飛散も減ることから病欠も減り、仕事全体の効率向上も見込まれる。ある研究の報告によると、快適な室内環境のオフィスでは、約35%も病欠が減ったという事例もある。生産効率の向上から得られる達成感から働く人たちのモチベーションも高まる。企業への貢献度も高まり、結果として働く側も雇用する側も幸せになるという。長期持続可能なこの関係。快適な室内環境というのは、サステナブルな企業作りにも貢献していると言っても大げさではない。

それでは、この室内環境というのは、どのようにして決まるのだろうか?オフィスなどの作業空間に影響を与える室内環境のエレメントには、太陽光や照明などの「光」、自然換気やエアコンなどの機械での換気・空調による「温度、湿度」、空気中の二酸化炭素の量などから計測される空気の「鮮度」、室外や機械などから漏れる「音」などがある。これらのエレメントを最適な状態にコントロールすることが、近年はオフィスのデザインにおいても重視されている。

デンマークの「ヒュッゲ」の学術的背景

この快適さを測る指針として室内環境を扱う専門家たちの間で一般的に使われているのがPMV(Predicted Mean Vote)とPPD(Predicted Percentage of Dissatsfied)という評価方法だ。あまり聞きなれない言葉だが、これは、空気の温度、壁や床から伝わる輻射熱、湿度、窓やエアコンから吹き出される風のスピード、身につけている服(夏服か冬服かなど)によって、快適さを数値化した評価方法である。

この評価方法を考えたのが、デンマーク工科大学のポール・オーレ・ファンガー(Povl Ole Fanger)教授だ。ファンガー教授は60年代より多くの実験を通してこの評価方法を研究してきた。長い冬を室内で暖かく快適に過ごす「ヒュッゲ」を大事にするデンマークの文化には、こんな学術的な背景があるので面白い。

AIとIoTを組み合わせたスマートビルディングと快適性

少し話が逸れたが、近年は「スマートビルディング」という新たな造語が作られたように、AIとIoT技術を導入した建物管理が、オフィスなどの商業施設を中心に盛んになってきている。IoT機器によって集められた情報をAIが自分で学習することによって、空調システムなどを快適かつ省エネルギーにコントロールできるようになってきた。そのお陰で、私たちは快適なオフィスで健康的に業務を行えるようになってきている。

しかしAIとIoTを組み合わせたスマートビルディングが、本当に快適性に対する答えなのだろうか?

前述したとおり、快適な室内環境というのは人によってそれぞれ異なる。少し室温が涼しい方が快適に感じる人もいるし、その逆に暖かい方が快適に感じる人もいる。窓を開けて風を受けることを好む人もいるし、その逆に風を不快に感じる人もいる。もちろんその日の気分や天気によっても好みの快適性は変わってくるだろう。

自分で行動を起こした満足感が幸せの秘訣

昨今の室内環境の研究によると、AIやIoT技術などによって、完全に自動化された室内環境を設計するのではなく、少しでも自分たちでコントロールできる「隙間」を作っておくことが大事だと考えられている。簡単な例だと、自分で窓を開けたり、ブラインドを下ろしたり、エアコンの設定温度を調整したりすることができるなど、すべてを自動化した室内環境に委ねてしまうのではなく、少しでも自分で室内環境の一部をコントロールできるようにするのだ。

使い手側がアクティブに自分の快適性に調整できる「隙間」によって、満足感がちょっと高まる。その結果、そのちょっとした満足感によってさらに快適性が高まるというわけである。興味深いもので、自分で室温を調整するだけでも、その満足感によって快適性が約3%向上するという研究結果も報告されている。

「隙間」を取り入れたデザイン建築BLOX

BLOXとは、2018年にオープンしたコペンハーゲンの新しいデザインのプラットフォームとなる建物だ。箱をいくつも積み重ねたような印象的なデザイン(記事冒頭の写真参照)は、オランダの建築事務所OMAの設計によるものである。ここでは多くの建築やデザインに関するレクチャーやワークショップ、エキシビジョンなどが行われている。そしてその3階部分はフロア全体が開放的なコワーキングスペースとなっており、都市型のイノベーティブなアイデアを持った企業が多く入っている。

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BLOX3階のコワーキングスペース

この建物には最新の空調設備とIoT機器が導入されており、BMS(ビルディングマネジメントシステム)と連動することにより、一年中オフィス全体を非常に快適に過ごせるようになっている。それだけではない。この建物には自分でコントロールできる「隙間」もデザインされている。建物全体を取り囲むガラスのファサードの一部には、取手がついており、わずか10センチほど開くだけだが外の風を取り込めるようにデザインされている。また、室内に取り付けられたアルミ製のルーバー(板状の建材を隙間を開けて水平に並べたもの)は、直射日光でコンピューターのスクリーンが見えづらくなるグレア現象を防ぐため自動的に開閉されるように制御されているが、これも誰でも開閉が可能なように壁にボタンがついている。とてもささいなことかもしれないが、これだけでも自分からアクティブに行動できる「隙間」が施されており、それが少しの満足感の向上につながると思われる。

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ファサードを開いて風を取り込む(左)、ルーバーを開閉して窓からの光を調節する(右)など、「隙間」がデザインされている

アナログな部分も残すデンマークの職人気質

技術の進歩によって私たちのオフィスは、快適性を自動的に手に入れることができるようになってきている。しかし、もう少しの幸せを向上させるために大切なエレメント、達成感を向上させるには、使い手側が自分で行動を起こすことも可能な「隙間」のデザインも忘れてはいけない。人間の手が入る「隙間」がある。言葉を変えると、アナログな部分も残すということ。これは、昔から職人気質を重んじるデンマークの建築にもつながるところがあるのではないか?と考えると、デンマークの建築がもっと好きになる。

共著者
蒔田 智則(まきた とものり)

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