2019/01/30

【山谷剛史の"デジタル中国"のリアル】
写真で振り返る、スマートフォンで中国の生活はどう変わったか(前編:2012~2015年)

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中国を拠点とし、中国・アジアのIT事情を現地ならではの視点から取材・執筆。IT系メディアやトレンド系メディアなど連載多数。著書に『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)、『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンク新書)などがある。

筆者は中国雲南省昆明に2002年より拠点として生活しはじめ、現在中国アジアITジャーナリストを名乗っている。雲南省は中国の地図でいう左下の省で、ベトナムやミャンマーやチベット自治区の隣である。また少数民族が多いことで知られるが、そこにいる日本人は少ない。省都昆明は、東南アジアや南アジアのハブであり、だいぶ内陸の遠方にありながら日本の札福広仙よりは大きい都市で、上海や深センなどの一線都市、成都や武漢などの新一線都市に続く、二線都市に名を連ねるそこそこ大きな地方都市だ。学生時代にはまったく想像していなかった場所で、想像していなかった仕事をするのは本人も奇妙な人生としか言いようがないのだが、お陰で上海や深センの都市だけでなく地方都市まで普及し、多くの中国人が享受する新しいITトレンドを身をもって知ることができた。

「“デジタル中国”のリアル」と題した連載の1回目の記事として、この昆明という地方都市で、スマートフォンの登場によって生活環境がどう変わったかを振り返ってみようと思う。その手段として、筆者が昆明で撮った写真から、いつごろどんな製品やサービスがやってきたのかを確認する。中国メディア発のニュースは提灯記事が多く、少ししか製品を展開していなくてもあたかも普及したかのように紹介することが多い。しかし今回の記事では、実際に撮影した写真を振り返り、「お、見たことないぞ」という光景がいつ出てくるかを確かめることで、より市井の市民の感覚に近いリアルな変化を追っていきたい。

2012年~「中華酷聯」が台頭したスマートフォン普及元年

振り返るにあたっては、2012年を中国スマートフォン普及元年とした。フィーチャーフォンがまだ多数の店で売られてはいたが、この年をスマートフォン元年と定義するにはいくつか理由がある。それまでは中国国外のサムスンやソニーエリクソン(当時)などのメーカーが強かったが、2012年から中国のスマートフォンのメーカーが台頭してきた。中でも「ZTE(中興)」「ファーウェイ(華為)」「クールパッド(酷派)」「レノボ(聯想)」の主要4社は頭文字をとって「中華酷聯(ジョンファークーリェン)」と呼ばれるようになった。思えばコンシューマー領域でファーウェイがルーターやモデム以外の製品で存在感を出し始めたのはこのタイミングではないかと思う。


「『中華酷聯』のスマートフォンは端末代無料」をうたう中国電信の看板

安価な中国メーカーのスマートフォン普及には、チャイナモバイル(中国移動)、チャイナテレコム(中国電信)、チャイナユニコム(中国聯通)の通信事業者各社が長期契約の際、中華酷聯のスマートフォンを端末代無料で提供していたことも背景にある。中華酷聯のスマートフォンとともに、「山寨機(シャンジャイジ)」と呼ばれる無名メーカー製のフィーチャーフォンやスマートフォンの所有者と販売店がともに減っていく。また、まだ街中で利用者を見ることはなかったが、ネット上ではスマートフォンを売り出し始めたシャオミ(小米)がマニアの人気を集めていた。

一方で、高齢者はまだスマートフォンに抵抗を示していた。難しそうに見えたからだろう。そうしたユーザー向けには電卓のような非常にシンプルなフィーチャーフォンも売られていた。まだフィーチャーフォンでも不便を感じない時期だったのだ。


中国産のシンプルケータイ。若い世代が親や祖父母に買い与えた


一方でこの年はフィーチャーフォンからスマートフォンへの過渡期で、このようなqwerty携帯も見かけた


まだスマートフォンは普及しきっておらず、MP4プレーヤーもまだ売られていた


子ども向けの勉強用情報機器として「学習機」と呼ばれる端末が人気だった。スマートフォンやタブレットを使った学習が始まるのはもう少し先となる

スマートフォンを利用したくなるようなサービスも出てきていた。2011年に登場したテンセント(騰訊)の「微信(ウィーチャット)」である。微信の利用者は2011年3月に1億を、9月に2億を突破した。筆者も当時、昆明で微信ユーザーを発見しては、その珍しさから写真を撮っていた。2Gから3Gへの過渡期ではあったが、データ通信料は高かったため、まだ写真を送ったりはしておらず、テキストないしはボイスメッセージをやりとりするだけのインスタントメッセンジャーとして使っていたのを覚えている。

また、スーパーマーケットではゲーム「アングリーバード」のグッズが多数売られていた。アングリーバードは当時の中国ではものすごい人気で、市内どこでもプレーヤーを見ることができるほどの「スマートフォンのキラーコンテンツ」となっていた。


大人気の「アングリーバード」もスマートフォン普及を後押しした

余談だが2012年の写真を見て、市内の建物が変わってないことに驚いた。筆者は街中や郊外のモールに買い物や食事に行くが、2012年時点からすでにそうだった。つまり「変化の激しい中国」といわれる一方、現在の昆明の市内のモールについては2012年当時と環境がほとんど変わってないということだ。また電脳街や家電量販店の写真を見ると、当時から客がほとんどなくスカスカだったことがわかる。もっと昔にさかのぼれば客が多く訪れたころの写真もあるが、客がいなくなった電脳街や家電量販店がよく現在まで生き残っているものだと思う。


すでに人の少なくなっている電脳街


ネットカフェはPCゲーム人気を背景に今よりも多く残っていた

2013年~QRコードが登場

この年あたりから、筆者の撮った写真に中高年がスマートフォンを使う写真が増えてくる。パソコンにしてもスマートフォンにしても、家族の中で若い者が年配の者にお下がりを与える習慣があるので、新機種に買い替えたついでに年配の家族に古いスマートフォンを与えたわけだ。ただしデータ通信をすると多額の通信料金がかかるので、お下がりを渡す前にデータ通信設定をオフにしたという話を複数の人から聞いた記憶がある。

2013年はQRコードを街中のさまざまな広告で見かけるようになった年だった。各小売店やレストランなどが店舗の微博や微信アカウントをフォローしてもらうためにQRコードを露出するようになったのだ。現在ほどの密度でないにしろ、それまで利用されていなかったQRコードがどこでも見られるようになった。

スマートフォンユーザーが増え、iPhoneユーザーもよく見るようになった。見栄を張れるアイテムとして好まれたのだ。とはいえ子どもにスマートフォンを見せて時間をつぶすといった光景を見ることはあまりなく、まだ大人だけが使うものだった。


面子を満たす製品として多くの人がiPhoneを所有し、また販売店も今より多くあった


圧倒的な性能の向上がなかったのか、販売店ではスマートフォンに自転車や白物家電を付けて販売していた

また、バスの中ではネット小説などテキストコンテンツを読む人が目立った。これはデータ通信は契約こそしているが、まだ料金は高いので、大きなデータは使っていないということだろう。あくまでテキストベースだった。なにせ500MBのデータ通信を25元(当時のレートで約400円)もかかったのだ。現在は30元台で使い放題のプランがあることから考えると、かなり高額だったのである。


シンプルなテキストでオンライン小説やニュースを読む人が多かった


15元(約240円)で280MB、25元(約400円)で500MB。外でインターネットを気兼ねなく利用できる料金ではなかった

アントフィナンシャルのオンライン決済サービス「支付宝(アリペイ)」の広告も見るようになり、支付宝の利用者を増やすための仕掛けとして投資商品「余額宝(ユアバオ)」が登場したが、当時はまだスマートフォンアプリとパソコン向けの両方が利用されていて、必ずしもスマートフォンを必要とするものではなかった。

2014年~配車サービスやキャッシュレス決済の利用が始まる

2014年になると、スマートフォン販売店で扱われる外資系のメーカーはアップルやサムスンくらいとなり、国産の中国メーカーの存在感がますます大きくなる。中国の消費者は「1年半程度でスマートフォンを交換する」という調査結果もあり、中国メーカー製スマートフォンユーザーがいよいよ増えていく。ネット販売に特化しマニアの支持を得たファーウェイのHonor(栄耀)ブランドやシャオミ(小米)のリアルショップもよく見るようになり、ライトユーザーにも認知されるようになった。


繁華街に大きく掲載された京東(ジンドン)の広告。昆明で京東の広告を見るのはこの時が初めてだった

スマホ向けサービス面では、2012年に創業した配車サービス「滴滴打車(ディディダーチャー)」「快的打車(クァイディダーチャー)」が普及。合わせてそのためのキャッシュレス決済として支付宝や微信支付(ウィーチャットペイ)が使われ始めた。小さな店舗ではまだまだ導入する店は見なかったが、スーパーマーケットでは対応する店も出てきた。ただこうしたサービスが地方都市昆明でどれだけ利用されているかというと、スマホを持った利用者が普通の乗用車に乗るので判断しにくいところではあるが、まだそう多くはなかったのではないかと思う。

この年、スマートフォンでゲームをする人が再度目立つようになった。アングリーバード人気が落ちた一方で、「キャンディークラッシュサーガ」似の「開心小小楽」などの人気ゲームが登場し、スマートフォンゲームが新たなエンターテイメントとして定着した。

2015年~フードデリバリーや宅配のバイクが増える

2015年の写真を見返すと、それ以前に比べ、筆者はQRコードのある風景を多数撮影していた。広告スペースにQRコードが当たり前のように掲載され、また支付宝と微信支付の導入が個人商店でも進み、キャッシュレス決済ができる環境が整ってきた。ただ、当時はネットに理解のあるファーストユーザーだけが利用しており、現在のように誰もが使うという状況ではなかった。


ショッピングモールではアリペイの広告やQRコードがますます目立つようになった

また美団(メイトゥワン)や餓了么(アーラマ)などのフードデリバリーサービスの電動バイクを時々見るようになった。現在ではフードコートやショッピングセンターの前に出前用の料理を待つフードデリバリーのグループがたむろしているが、これもキャッシュレス同様ファーストユーザーが利用する状況で、広く普及するのはもう少し後の話となる。

商戦期ではない平時に、小包の山を電動バイクで配達する人を頻繁に見るようになったのもこの頃だ。この理由については想像となるが、PM2.5をはじめとした大気汚染が沿岸部でひどくなり、沿岸部の人々が外出を控えてECを利用するようになり、ひいてはそのトレンドが内陸まで及んだこと、ECサイトの天猫(ティエンマオ)や京東の利用者が増え、ECに対する信頼が上がったことがあるのではないかと思われる。


飲食店の前にはフードデリバリーサービスの看板が立つようになった


頻繁に小包の山を積んで配達するバイクを見るようになったのはこの頃だ

スマートフォンではファーウェイを筆頭に、OPPO、vivo、シャオミのファブレットサイズでオクタコアの機種が店頭でプッシュされるようになる。この年に自撮り棒が普及し、観光地や繁華街で自撮りする人が目立った。それまで写真撮影にはiPhoneやiPadを使う人が多かったが、中国メーカーのスマートフォンのカメラの撮影品質が満足できるレベルまで上がったようだ。またスマートウォッチも、大人ではなく子どもを中心にその着用者を見るように。子どもの登下校を見守りたいという安心面の理由が普及の背景だ。


4Gへの移行を促す中国移動の看板

ここまで2012年から2015年まで振り返った。スマートフォン本体は「中華酷聯」の4インチ1GB RAMの1000元機(1万円台の機種)から、きびきびアプリが動きそこそこよい写真が撮れるファブレットに変わった。通信環境は2Gから4Gへと移行が進み、高速化したものの、一方でデータ通信料金はまだまだ高く、いくらでも使えるという状況ではなく、モールやレストランに行き、そこで提供されるフリーWi-Fiを利用していた。人気のスマートフォン向けアプリは、QQ、微博、微信といったSNS系アプリやゲームアプリに加え、キャッシュレス決済、配車サービス、フードデリバリーなどの生活系サービスに拡大していった。今回改めてまとめてみると、こうしたサービスは発表より1年ほど遅れて地方都市で普及するように感じた。

2016年以降はシェアサイクルの普及をはじめとしたさらなる激動が発生し、いよいよスマートフォンがないと不便な生活が強いられるようになる。それは後編で紹介したい。

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