2019/06/24

【“働く”の未来】働き方改革と企業・人の成長は両立するか? 「エンゲージメント」から見る日本の働き方の課題

ICTを専門とするフリーランス・ライター/ジャーナリスト。ウェブ・メディアの記者を経てフリーとなり、現在は『ZDNet』『ASCII.jp』『マイナビニュース』などで執筆。欧州のICT事情に明るく、モバイルのほかオープンソースやデジタル規制動向などもウォッチしている。

ウイリス・タワーズワトソン 従業員意識調査領域統括ディレクター 市川幹人氏

AIをはじめとした技術革新は仕事、そして働き方を変えると言われている。ロボットが人間の仕事を奪うという懸念はいまだ根強く、将来の仕事を予想するのが難しい中、「技術は脅威だ」という意見が見出しを飾ることも多い。日本を見ると、新卒の一括採用と年功序列を前提に、専門性を育むよりもさまざまなポジションを経験して会社全体の中で仕事をすることが求められてきた。こうした働き方は安定性につながる一方で、人材が流動しないがゆえの問題も出てきており、そもそもこのモデルが21世紀にも最適なのかの議論もある。

雇用する側・される側が変化を迎えている。この連載では私たちの“働く”がこれからどうなっていくのか、さまざまな角度から考えてみたい。

第1回は、今後の働き方のカギを握りそうな「エンゲージメント」を手がかりに、このコンセプトに対して長年調査を行ってきたウイリス・タワーズワトソンで従業員意識調査領域統括ディレクターを務める市川幹人氏に、企業と働く側、それぞれが迫られている課題についてうかがった。

時短のみにフォーカスされている働き方改革

そもそもエンゲージメントとは何か? ウイリス・タワーズワトソンでは次の3つの側面からエンゲージメントを捉えていると市川氏は説明する。

  1. 思考面:会社の戦略や方向性を理解・納得している
  2. 感情面:自社に誇りを持ち、愛着がある
  3. 行動面:指示待ちではなく、自発的に動く


「エンゲージしている社員」の特徴は、例えば、問題を指摘するだけではなく解決策を提案したり、従来のやり方を踏襲するだけでなく新しい方法を検討したり、周囲の社員を巻き込んで協力しながらより大きな仕事に挑戦したりといった行動をとる人々であるという。

日本で会社に勤務する従業員のエンゲージメントは、従業員意識調査におけるスコアだけを見れば各国と比べて低いことが確認されている。この傾向ついて市川氏は、回答者の文化的違いなどもあり「単純に数字だけを比較すべきではない」と釘をさす。それでも、長くこの分野を見てきた立場からは、日本企業に関して近頃気になっていることがあるという――3の“自発的に動く”の変化だ。

「以前と比べて、自分で判断して自ら動く社員が最近少なくなってきたような印象がある」と市川氏。背景にあると推察するのが、働き方改革に代表される労働時間短縮の動きだ。本来はこれまでにない新しい仕事の進め方で生産性や革新性を高めることを目指すのが働き方改革のはずだが、日本では主に残業削減のみがフォーカスされがちである。「労働時間が圧縮されても、アウトプットは維持しなくてはならない。そうなると、自発的に動く余裕はない。何か追加的なことに手を出して仕事が回らなくなるリスクを避け、自分の担当領域を狭く限定するような、守りの姿勢が強くなっている状況なのではないか」と分析する。

sueoka_01_image01
© stokkete - stock.adobe.com

従来とは異なり、時間をかけてじっくり仕事をすることが奨励されないとなると、決められた時間内でいかにこなすかが重要になる。アウトプットも少なくして良いのならバランスが取れるが、そうはいかない。要は、同じ量の仕事を短い時間でこなせというのが働き方改革になっており、「多くの社員が具体的な対処法がないまま、多少無理をしながらやっているはず」と市川氏は見る。

実際、「働き方改革」が注目されて一定の時間が経過しているが、「社員にとって目に見える成果が出ているという話はあまり聞かない」と市川氏。従業員意識調査に含まれる働き方改革の成果に関する項目に対しても、回答は冷ややかだという。「働く人、特に管理職層は楽になっていないように見える。むしろ疲弊している」(市川氏)。そして、「働き方改革のゴールに何があるのか見えないまま、号令をかけられてやっているだけの企業も少なくないのでは?」と課題を指摘した。

“できる”状態にするのが企業の役割

働き方改革がハッピーな結果や成果を生んでいないとすれば、企業側、働く側はそれぞれ何をするべきなのか? 

企業側から見てみよう。企業側の課題として、市川氏が最初に挙げたのが「働き方に関するさまざまな仕組みの見直し」だ。スキルアップや知識向上のためのトレーニング、作業効率を上げられるツールなどの提供によってシステムを整備すること、より少ない人数で仕事をこなせるよう業務の分担方法や意思決定プロセスを変更することなどが必要だという。これまで通りのやり方で同じアウトプットを短い時間で出すとなると、どこかにしわ寄せがくる。「退社した後に自宅に持ち帰っていたり、システム上は退社したことにしてまた席に戻って作業を続けるような社員もいるという話を聞く」という。

企業が働き方改革で考えるべきポイントは、組織として社員の仕事を支え、心身ともに健康な状態で生き生きと働けるようにサポートすることだ。それなしにはエンゲージメントも持続できる状態ではなく、うまくいったとしても一時的に過ぎない。「一人ひとりの社員が無理するエンゲージメントではなく、会社や職場からのサポートによって長続きするエンゲージメントが重要」と市川氏はいう。逆に、突発的なリクエストへの対応で自分の仕事に集中できなかったり、難しい問題の解決にあたって協力しあえる同僚がいないというのでは、サポートされている状況とはいえない。

環境面では、ITやネットワーク環境によりテレワークが可能になったことと並行して、会社としては社員が見えないところで何をやっているのかを管理する必要性が高まっていることも指摘する。「その結果、時間や場所を選ばない働き方というのは本来は柔軟性を高めることであるはずなのに、実態としては管理ツールでガチガチにコントロールされた状態になっているところもある」と市川氏。厳しく管理しなくても(企業)・されなくても(従業員)しっかり業務が遂行されている状態を実現させるためには、やはりエンゲージメントが重要だと述べる。

“こだわり”を失う日本企業

sueoka_01_image02

働く側はどうか。ここでも、「働き方改革の受け止め方を間違っている人がいる」と市川氏。もう一歩踏み込めばよりいい成果につながるのに、その手前で仕事の線引きをしている人が多いというのだ。

「例えば、かつて日本の製造業にあった品質へのこだわりが薄れているのではないだろうか。当時、性能に一切影響を与えないような小さな傷が発生してもラインを止めて原因を検証するようなエピソードをよく耳にしたが、現在はある程度の品質さえ担保できれば“ここまででいい”とするケースがあったり、さらには報道されているような『改ざん問題』すら発覚してきている」(市川氏)。何かがおかしい時、本来必要とされる以上の労力をかけてその原因を掘り下げていくという姿勢は、「日本全体の平均値として持っていた特徴」のようなもの。そこを強みとしていただけに、「今後日本企業の競争力が低下していく」という懸念にもつながりそうだ。

同時に、“こだわり”は、エンゲージメントでは3に該当する自発的な行動とも密接に関係している。「“Go extra mile(もう一歩先まで取り組む)”というエンゲージメントを説明する英語表現がある。その観点から見て、意味のある“プラスアルファ”をやることがエンゲージメントの1つの姿であるなら、そのような差別化要因が失われることによって企業の強みがなくなる」と市川氏。とことんコミットする、納得するまでやり尽くすという社員が減少しているのであれば、そうした会社からは革新的な製品・サービスが生まれにくいとも考えられる。

一方で、製造の現場は国外に移しているというところも多い。その場合はどうか? 市川氏は「以前から、新規開発や戦略につながるような頭脳、中枢にあたるものは日本に残すべきといわれてきたが、その考え方自体も変化しているのではないだろうか」と言う。1970年代からトップをひた走ってきた日本の特許の出願件数は2000年前半をピークに減少、米国と中国に追い抜かれて3位に。その土台となりうる大学や研究機関も、ランキングとしては上位に入っていないのが現状だ。「いろいろなところでほころびが見えてきている」「今はまだ追い詰められている感じはしないが、5~10年後にどうなるのか、危機感を持った方がいいだろう」という市川氏の言葉は実感を持って響く。

本当に必要な人物像を見極め、報酬以外の魅力を示す

人事制度も変わる必要がありそうだ。

採用を見てみよう。人手不足の中で単純労働が機械に置き換わっていくトレンドは始まっており、今後さらに加速するだろう。「どういう人がいないと本当の意味で業務が回らないのか、新しいことを生み出せないのか、求める人物像を明確にする必要がある」という。

採用後の育成と評価にも課題がある。もはや終身雇用や年功序列を前提として考える時代ではない。いつ辞めるかわからない人をどのように育成し、評価するのか――。「いつの時代でも、頑張っている人が報われる評価・報酬制度が不可欠」と市川氏。さらにはダイバーシティやインクルージョンなどの取り組みを進め、多様な人材を偏りなく評価しなければならない。「多様性が尊重されるような職場環境においても、会社がぶれないポリシーを持ってメリハリある公正な評価ができる仕組みがないと、社員が付いてこないだろう」という。

最大の能力を発揮してもらうにあたって、エンゲージメントは1つのキーワードだ。社員のエンゲージメントレベルが高めの企業においては、一般的にその引き金となるような共通項がある程度存在するという。例えば、戦略や方針に対する納得感、成長機会の充実や評価・報酬の公正さ、権限・裁量の十分さなどである。

しかし、あと3年いるのか、10年なのかわからない社員に、どうやって成長の機会を提供するのか――企業には難しいところだ。もっというなら、この先雇用はさらに変わっていくと予想されている。「正社員としての雇用契約ではなく、フリーエージェント的に業務を依頼するような時代になるといわれている。そうなった時に、この会社・仕事にコミットすることで社員が得られるものは何かを考え、それを明確に示す必要がある」と市川氏。職場としてのブランド(会社名)の意味が薄れる中で、報酬だけではない魅力、“この会社のこのプロジェクトに自分が関わった”といった誇りのようなものが、働く人々のやる気のスイッチになっていくのではないか、と分析する。

sueoka_01_image03
© yingyaipumi - stock.adobe.com

そのような時代に働く側が自分の居場所を確保するためには、「自分がコミットできる領域に精通し、知識や経験を深めていくことがこれまで以上に大事になる」と市川氏は語る。関心のあること、こだわっていることなら、自然と“もう一歩”となるはずだ。働く側も自分の成長やキャリアにプラスとなる職場を選んで身を置く、そのために自ら中長期的な目標に沿って日々自己研鑽に努めることが、これからの時代は最優先事項になるのかもしれない。

HuaWaveの新着記事をメールでご案内します。ご希望の方はこちらからご登録ください。

RECOMMENDED


RELATED

MOST POPULAR