2019/05/27

フカヒレメーカーが人気中華料理メディア『80C(ハオチー)』を手がけるまで 中華・高橋の3代目社長に聞く、サメ漁業と中華料理業界のサステナブルな発展

HuaWaveはファーウェイ・ジャパンが運営するデジタルオウンドメディアです。「つながる、つなげる Connected Media」をコンセプトに、人と人、人とテクノロジー、人と社会をconnectする多彩なコンテンツをお届けします。

ディープな中華料理情報を発信し、中華料理通・中国通の間で絶大な人気を誇るウェブメディア『80C(ハオチー)』。このたびHuaWaveは80Cと提携し、同メディアの選りすぐりの記事をHuaWave読者の皆様にお届けすることになりました。

実はこの80C、フカヒレをはじめとする中華食材の製造・販売を手がけ、創業67年目を迎える老舗、株式会社 中華・高橋が運営するオウンドメディアなのです。自社事業を直接宣伝するのではなく、中華料理ファンを増やし、中華料理業界全体を盛り上げることを目指すという、企業オウンドメディアの先輩としての同社の姿勢に勝手に敬意を抱いたHuaWave編集部。今回の提携にあたって同社代表取締役社長の髙橋滉氏にお話をうかがい、戦後リヤカーで高級海産乾物を売り歩いた創業者、事業を拡大しフカヒレのトップメーカーに成長させた2代目、そして業界のよりサステナブルな発展に向けて取り組む3代目と、昭和から令和にかけて進化を遂げてきた同社の歴史と、80Cへの想いをお聞きしました。

利益よりもお客様の役に立つことを――
地道に信頼を築いた創業者

現在の髙橋社長の祖父にあたる創業者は中国語が堪能で、戦時中に中国で通訳をしていました。戦後は東京・日本橋で水産商社の下請けとして、当時新橋周辺を中心に次々と開店した高級中華料理店にフカヒレや干し貝柱などの食材を売り歩く商売を始めます。

髙橋氏いわく、「祖父は毎日座禅をしたり漢文を読んだりと、お坊さんと学者を足して2で割ったような人だった」とか。利益を上げることよりもお店の役に立つことを優先し、料理人と中国語で会話できることも重宝され、多くの中華料理店からの信頼を築き上げていきました。

「古くからの社員に語り継がれているのですが、営業担当が商品を高く売ってきたことを祖父に報告したら、『そんな暴利をいただくもんじゃない、すぐに伝票を訂正してこい!』と激怒されたそうなんです」 お客様の役に立ちたい、お客様の課題を解決したいという中華・高橋を貫く姿勢は、創業当初から受け継がれていると言います。

拡大路線を追求した2代目
缶詰の開発でフカヒレの普及に貢献

一方、高度成長期に事業を引き継いだ2代目社長は、ストイックな先代とは対照的に「業界ナンバー1を目指せ」と拡大路線を推し進めます。東南アジアからさまざまな食材を仕入れ始め、調味料や紹興酒、缶詰、冷凍の点心類など、中華料理店を1軒開店するのに必要な食材をほとんどすべて納められるようなラインナップに成長させました。

1991年には宮城県気仙沼市にフカヒレの加工を手がける中華高橋水産を設立。その6年後には同市内に「ふかふか村」と呼ばれる基幹工場を開設し、卸から製造へと本格的に事業を拡張しました。

当時はバブル期の影響もあり、高級食材のフカヒレには高い需要がありました。それを後押ししたのが、中華・高橋が開発した姿煮の缶詰です。もともとフカヒレは乾燥した状態で中華料理店に納品し、料理人が水で戻す作業を行っていましたが、においのきついこの作業を高級ホテルの厨房ではやりたくない、戻した状態で納品してほしいというお客様からの要望があり、試行錯誤を繰り返しながら缶詰を開発。これによりフカヒレを取り扱う料理店が増え、市場の拡大につながりました。

「工場は60坪から600坪と10倍になり、売上も飛躍的に伸びました。その頃父が亡くなり、28歳で私が3代目を継いだのですが、当初は工場の稼働率を上げることに専念し、フカヒレの拡大路線を踏襲していました」

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現在はふかふか村(左)でフカヒレの加工、気仙沼の工場(右)でサメ肉の加工を手がけている

フカヒレ頼みのリスクから脱却
料理人ネットワークを活かした惣菜開発

しかし、売上の半分近くをフカヒレが占めるようになると、フカヒレだけに頼ることのリスクを感じ始めます。 「当時はBSE(狂牛病)で牛肉業界が打撃を受けたり、環境保護団体などによるサメ保護活動が強まったりといったこともあって、フカヒレになにかあったらまずい、という危機感が生まれていました」 卸売から製造へ拡大したのと同様に、今度はフカヒレから中華料理全般へと軸足を移していかなければ、と思っていた矢先に、東日本大震災で気仙沼の工場が被災。幸い被害はさほど大きくなく、お客様の厚意で東京の工場を使わせてもらえたため稼働も止めずにすみましたが、これをきっかけにフカヒレへの依存から脱する決意が固まりました。

その足がかりとなったのが、中華惣菜の開発・製造と情報発信の拠点として東京・江東区の営業センターの向かいにオープンしたC’s Kitchenです。キッチンスタジオと工場でメニューの開発と製造を行うほか、ダイニングスペースを利用して若手料理人の育成を目的としたわかば食堂(後述)も開催しています。

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清澄白河にあるC’s Kitchen。1・2階が工場、3階がテストキッチンとダイニングスペースになっている

「うちにはメニュー開発部隊が2,000人いる、と言っているんです。長年お付き合いのある料理人の皆さんが、中華・高橋の頼みなら、と親身になって相談に乗ってくださる。食品メーカーやコンビニエンスストア、ファミリーレストランなど、さまざまな業態のお客様に向けて、本格的な中華料理の味を手軽に楽しめるメニューを一緒に開発しています」

主力のフカヒレも、回転ずしや自動販売機で買える缶入りスープなど、これまで「高嶺の花」だった食材を気軽に体験できる商品を次々と開発してきました。

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中華・高橋のショールーム兼小売店舗として日本橋箱崎の本社社屋内に2001年に開店した『古樹軒』。店名は創業者が当初肉まんやシュウマイなどを一般向けに売り歩いていた頃の屋号から取った

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各種中華食材やオリジナル商品のほか、中華料理店と共同開発した冷凍惣菜も販売。「料理店はどんなに繁盛しても店のキャパシティ上限界があるので、外販できる惣菜を販売することで経営支援につながります。店の名前を冠した商品を作るからには、名店の味を家庭でそのまま再現できることに徹底してこだわっています」

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最近力を入れているのが中国産ワイン。欧州産に引けを取らないクオリティのものが出てきているという。写真は山西省のワイナリーによる、キャセイパシフィック航空でファーストクラスに採用されたこともある『Deep Blue』

ヒレだけじゃない、サメ肉のおいしさをアピール
持続可能なサメ漁業の実現を目指す

3代目の髙橋氏がもう1つ取り組んでいるのが、持続可能なサメ漁業の推進です。

「まず、サメの資源状況を確認し、減少している種は原料にしません。また、環境保護団体が問題視する『フィニング』(生きたサメからヒレだけを取って残った胴体を海に廃棄する)によるフカヒレは一切扱わず、フィニングに対する規制の厳しいスペインから輸入しているほか、気仙沼で水揚げされたサメをヒレだけでなく丸ごと使い切っています」

サメを丸ごと使う取り組みの一環として力を入れているのが、サメ肉のブランディング。気仙沼で獲れた新鮮なサメを切り身や刺身用に加工し、地元の小学校給食に提供したり、水族館のフードコートで調理してもらったりと、サメ肉のおいしさを知ってもらおうと努めてきました。これはサメ保護運動への対策という意味合いだけではないと髙橋氏は語ります。

「サメ肉の付加価値を高めることで、魚体の価格が上がり、サメ漁師さんたちの収入の向上につながります。うちはサメを買う立場なのに、あえて価格を上げようとするなんて経営者としてはばかげたことをしていると思われるかもしれません。でもサメ漁師が生計を立てられずに廃業してしまったら、うちはフカヒレを商うことができなくなります。自社の利益のことだけを考えていたらビジネスは成り立ちませんし、漁師さんたちが補助金に頼らず自力で収入を得ていけるのが本来あるべき姿だと思うのです」

震災後、髙橋氏は気仙沼のサメ事業を取りまとめる「サメの街気仙沼構想推進協議会」の立ち上げを主導。当初は東京から卸業者が来て幅をきかせていると反感も強かったそうですが、腹を割って話し合ううちに髙橋氏の想いが伝わり、現在ではサメ漁業の持続可能な発展を目指す業界団体として活動を進めています。

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桃の果肉のようにみずみずしいサメ肉を「ピーチシャーク」としてブランディング。栄養価やおいしい食べ方を紹介して普及に努めている。気仙沼在住のヨシキリザメ、ヨシ子(48)は業界イベントでも大人気とか

中華料理ファンを増やし、お店とのつながりを深める『80C』
若手料理人の育成と地域貢献の機会にも

業界全体の持続可能性を重視する姿勢は、オウンドメディア『80C』にも表れています。

「80Cの使命は『中華料理好きを増やす』こと。中華・高橋のメディアだという色はつけないようにしています。要は、1日3回の食事のうちどれだけ中華料理を食べてもらえるか。それが増えれば増えるほど、めぐりめぐって中華食材を扱う自社事業も拡大していくだろうという発想です」

とはいえ短期的に目に見える利益が出るわけではないので、スタートした当初は社内では不評だったとか。

「でも続けていくうちに段々とファンが増えてきて、地方で東京の情報を知りたがっている料理人の方から『楽しみにしている』と言っていただいたり、和食など他分野の料理人の方にも興味を持っていただいたりと、業界内でも注目されるようになりました。そうすると、社員も80Cをやっている会社だということに誇りを感じるようになってきたんです」

取引先の料理店を記事に紹介すると喜んでもらえるというのもプラスになっているとか。さらに80Cの人気コンテンツ「わかば食堂」は、読者にも、中華料理店にも、さらには自社周辺の地域コミュニティにもメリットをもたらす三方よしの企画となっています。

「中華料理業界では若手の料理人が減っていることが大きな課題。料理学校でも希望者が少なくコースが成り立たないほどなんです。『わかば食堂』は当社のC’s Kitchenで週に1回、有名中華料理店の若手料理人が1日料理長となって1食1,000円のランチを提供するという企画です。自らメニューを考え、原価計算をして仕入れから調理まですべてを手がけるという体験を初めてやってみることで、自分に何ができるのか、何ができないのか、これから何を身に着ければいいのかがわかる。これをやると料理店のオーナーや料理長もすごく喜んでくれて、『あいつ、帰ってきたら目の色が違うんだよ!』と成長を感じてもらえるようです」

また、「わかば食堂」を訪れる近隣の住民の方々には、若手とはいえ有名料理店の料理人が手がける中華料理が毎週1,000円で食べられることが大好評。

「営業センターは24時間稼働していますし、トラックの出入りも多い。工場から出る惣菜のにおいも人によっては異臭と感じることもある。『わかば食堂』は住民の皆さんと交流を持ち、地域に支えていただいていることへの感謝を示せる場にもなっているんです」

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2014年の開始からすでに開催200回を超えるわかば食堂。取材当日に1日料理長を務めたのは、帝国ホテル 東京の『中国料理 北京』の並木楓さん。料理人歴3年、業界ではまだまだ少数の女性料理人として、女性が働きやすい調理環境づくりを目指すという。「この年齢で自分の店を持てることはまれなので、こうした経験をさせていただけるのはありがたいです。とても緊張しますが、楽しみでもあります」と話す

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食後は「わかば通信簿」で料理を評価。現場では社長自ら給仕を担当、若手料理人に「料理の味以外は社長が全部責任を取るから」と安心感を与えるとともに、地域住民とのコミュニケーションの機会にもなっている。なお、わかば食堂は新規事業立ち上げ準備のため6月でいったん休止し、2020年1月から再開の予定

いまでは80Cを主力事業の1つと位置づけ、誇れるメディアとして成長させていくと語る髙橋氏。「料理人が育たなければ、中華料理店が減って食材が売れなくなってしまう。地域住民の理解が得られなければ、事業ができなくなってしまう。サメ漁業と同様、若手の育成や地域貢献を通じて自社を取り巻く事業環境を整えていくことで、先々代、先代から受け継いだたすきをよりよい状態で次世代へとつなげるのが自分のミッションだと思っています」

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ファーウェイもまた、自社の事業だけでなく、それを取り巻くエコシステム全体が持続的に発展できるような土壌づくりを重視してきました。本社を置く中国について理解を深めてもらうこともそのための取り組みの1つ。食文化はその入り口として誰もが楽しめて、人と人を「つなぐ」ことができるものです。今後HuaWaveでは『80C』の記事をご紹介し、「今日は中華料理にしようかな」と思ってくれる人を増やすお手伝いをしていきたいと思います。お楽しみに!

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