2019/05/25

【北欧ライフに学ぶ、幸せの処方箋】いい年した大人がデンマークの学校で学ぶ方法

奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科修士を取得後、国内造船会社で新規事業開発を担当。その後、外資系コンサルティング会社で内部統制やCSR(企業の社会的責任)支援を中心とした多様なコンサルティングに従事。デンマークに移住後、オールボー大学で課題解決学習(PBL)を学び、トレーニングコンサルタントになるべく就職活動中。

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働きやすい、子育てしやすい、福祉が充実している、男女平等……こうしたイメージで語られ、幸福度が高いと言われる北欧諸国。そこで人々が感じている「幸せ」の源泉はどこにあり、それは日本人にとっての「幸せ」とどう違うのでしょうか? 連載「北欧発Happiness Technology」で社会に根づき人々に幸せをもたらすICTを紹介してくださっている北欧研究所主宰の安岡美佳さんを中心に、北欧での日々の体験に基づく「北欧式・幸せの形」をさまざまな角度から探っていただきます。初回から3回にわたっては、安岡さんを含むデンマーク在住の3名の寄稿者の方々が、なぜデンマークに移住したのか、そこでどんな幸せのあり方を見つけたのかを語ります。

「なぜ、何もしていないの?」踏み出せぬ一歩

「学びなおし」――日々のニュース記事の中でよく見かけるが、好きな言葉ではない。人はいくつになっても、いつでも、どこでも学べるはずだからだ。それに、大人になればなるほど、個人の経験から明らかになってきた問題・課題を中心に、階層的に知識やスキルを重ねていくものが、学びであると思うからだ。決して「なおす」ものではない。「つづける」ものではないだろうか。

この「学びなおし」が流行るにつれ、社会人になってから学校に行く人が増えてきた。ただ、まだ日本では、それなりにお金と時間がある意識の高い人のためのもの、という認識が強いのではないだろうか。実際、社会人が学校で学ぶためには、これまでの日常生活を変えなければならない場合が多い。学校へ行くには、大きな決心と周囲との調整、実際に一歩を踏み出す勇気が必要だろう。

私の場合、幸運にも、周囲との調整は必要がなかった。いわゆる「駐在妻」で、旦那の転勤でデンマークに来た。この国で何かを学ぼうという意識があったわけではない。日本でほぼ24時間、心身ともに仕事に追われていた私は、就職後初めて、自分の人生に真正面から向き合い、振り返る時間を得ることになった。渡丁後の数か月は、従来の生活からは考えられない解放感に満足していた。しかし、夫婦二人の生活、次第に有り余る時間に参っていった。

今思えばありがたいことだが、周囲のデンマーク人はこの状況を許してくれなかった。「なぜ、何もしていないの?」「やりたいことは?」と、出会うデンマーク人すべてに言われた。この国では、各人が何らかの形で社会と関わり、貢献することが当たり前だからだ。我が家のような二人家族ならば、共働きが当然である。日々積もってくる無職であることへの負い目や不満、将来のキャリアへの不安の中で、彼らの質問は詰問でしかなかった。

ただ、その回答を探すため、「なぜ、今ここにいるのか?」「そもそも何をしたいのか?」「今の環境とリソースで何ができるか?」そんなことを数か月間、毎日ノートに書きながら考え続けた。自分の人生を振り返りながら、譲れないこと・譲れること、課題、解決方法等をまとめていった。しばらくして、やりたいことがまとまった。しかし、実行への第一歩を踏み出せず、その言い訳を考える日々に変わったに過ぎなかった。

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デンマーク本国で最も高い場所モレホイ(Møllehøj)は、海抜170.86.mしかない。写真は、最高点に置かれている風車のひき臼

挑戦しても死ぬわけじゃない

そんな状況の中、デンマーク人たちから必ず出てきた言葉が、「なんで挑戦してみないの? 死ぬわけじゃないでしょ?」「挑戦しない方が、あなたにとってマイナスだ!」だった。確かに、失敗しても死にはしない。何もしなければ状況は変わらず、将来のキャリアなど考えられなくなる。その通りだ。でも、過去、立ちはだかる壁の前で足踏みすることが多かった私には、この新たな挑戦には人生最大級の決心が必要だった。言葉ができないことも大きかった。

ただ、この「なぜ挑戦しないのか?」という問いは、私の背中を大きく押してくれた。挑戦しない理由が何もなかったからだ。逃げ場を失った私は、自分の目標、願望、下心のすべてをまとめて、一つの結論を出した。もちろん家族にも相談した。心優しい家族の快諾は、さらに私の逃げ場をなくしてくれた。

自分のこれまでのキャリアの中で、やり残してきた課題を解決する方法論を学びたい。途中で日本に帰国することになっても、継続して学習できる環境・システムを使いたい。せっかくなので、デンマークに住んでいることは活かしたい。やり残してきた課題は、「どのように理想的なエンジニアを育てられるか」だった。最初の就職先が造船会社だったこともあり、転職後も、エンジニアリング系企業を担当することが多かった。人材育成の専門家ではなかったが、顧客から「コミュニケーション能力があり、創造性も高い、将来を任せられるエンジニアを育てたいが、これという方法がわからない」という相談を受けていた。当時の私は、それに対する明確な回答ができなかった。同時に、自分自身も後輩の育成や顧客への知識移転を行う中で、彼らと同種の課題を持っていた。導き出した挑戦へのキーワードが「実践的に学ぶ方法を学ぶ」だった。

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コペンハーゲンのノーハウン(Nordhavn)地区にあるビルの屋上のアスレチック。デンマーク語の語学学校(成人向け)の生徒が遠足で訪れる姿も見られる

デンマーク式課題解決学習

調べた結果、オールボー(Aalborg)大学で100%通信制の修士相当の学位が取れるプログラムがあることを知った。英語名で、Master of Problem Based Learning in Engineering and Science (MPBL)というコースだった。日本語であえて言うなら、「工学・科学分野における課題解決型学習のマスターコース」だろうか。この時、初めてプロブレム・ベースド・ラーニング(PBL)という言葉に出会った。思い描いていた学び方がそこにあると感じた。

※ デンマークにある8つの国立大学の1つ(デンマークには基本的に私立の大学はない)で、デンマークで4番目に大きい都市オールボ―に設立されている。同大学ではすべてのプログラムにPBLが導入されており、PBLにおけるユネスコチェア(知の交流と共有を通じて、高等教育機関および研究機関の能力向上を目的とするプログラム)に認定されている。

簡単に言えば、PBLとは、従来の教師が生徒に知識を受け渡していく教師中心の教育方法とは異なり、問題・課題(Problem)に対して生徒が自分たちで解決策を見つけ出す中で知識も得ていく、生徒中心の学習方法だ。学習目的・状況によって定義が異なるが、デンマークでは、1970年代から一部の大学で、中退率低下のために導入された。その際、デンマーク人なら小学生の時から親しんでいるプロジェクトワークと組み合わせ、デンマーク式PBLが開発された。

MPBLは、PBLの本質と指導方法(生徒の背中を押す方法)を、自分自身が学生として体験しながら学び、その学びを日常の業務に活かすためのコースである。同級生は大学教員ばかりで、イギリス、アメリカ、ブラジル、メキシコ、アイルランド、そしてデンマークから参加していた。授業、プロジェクトワーク、そして試験も、すべてがオンラインで実施された。もちろん修士論文の最終試験も。プロジェクトワークでは、オンライン上で解決すべき問題とその解決策を議論し、同じチームの誰かの学校で試験的に解決策を適用した。

入学には3年以上の社会人経験と学士以上の学位が必要だが、英語レベルの証明書、研究したい内容を記載したエッセーの提出のみで、筆記試験はなかった。英語はヨーロッパの高校生レベルでよかった。通常デンマークでは大学の授業料は無料であることが多いが、このコースは、EUの市民権の有無で金額の差はあれ、すべての学生から授業料をとっていた。ちなみに、MPBLは、オールボー大学の社会人向け「Continuing education(継続教育)」つまり「学びつづける」ためのコースとして位置づけられている。

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オールボー大学のあるユトランド(Jylland)半島最北端のスケーエン(Skagen)岬。東西二つの海峡がぶつかりあう

自分の精神的な壁を乗り越える

現状から逃げるために始めたMPBLでの学びは、理想的なエンジニア育成方法を習得するだけではなく、挑戦することに大きな価値があることを教えてくれた。人はいくつになっても、いつでも、どこでも学べる理由も。オンラインコースゆえ、デンマークに居住する必要はなかったが、デンマーク式PBL実践者となる学びを通じて、この国の自由、平等、個人主義についても考え、課題を認識することができた。残念ながら現在も就職活動中ではあるが、MPBLでの約2.5年間は、私にとって必要な価値ある時間と挑戦だった。

いい年をして学校に行くには、さまざまな壁がある。その壁は、お金や時間というより、挑戦に対する自分の精神的な壁である場合が少なくないだろう。ただ、どこかで立ち止まり、自分を振り返り、何かを決め、それに挑戦していくことで、新たな世界が開けることは確かなのである。これから、私にとって新たな世界を見せてくれたMPBLでの学習内容、そしてデンマーク式PBLについて、紹介していければと考えている。

北欧ライフに学ぶ、幸せの処方箋②
挑戦することはそれだけで価値がある、幸せへの第一歩

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