2019/05/24

【日中クロスオーバー】日本人はお金があっても「高くて買えない」と言う。交流深まると気づくお金の価値観の違い

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早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社記者として地域・経済分野を中心に取材。2010年から中国・大連の東北財経大学に博士留学した後、少数民族向けの大連民族大学で日本語教員となる。2016年に帰国し、中国経済のニュースを中心に執筆、翻訳。法政大学イノベーションマネジメント研究科兼任講師も務める。

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会話テキストから見えるお金の文化差

語学のテキストには、その国のカルチャーが凝縮されている。特に入門・初級編は日々の生活に欠かせないその国ならではの習慣やルールが丁寧に紹介される。私は中国で留学生兼日本語教師という立場だったが、日本語と中国語のテキストから、母国の人にとって当たり前の常識が、他国の人には驚きを与えることを学んだ。

日本語の初級テキストには、生活上の手続きやルールを確認する場面が多く出て来る。例えば日本での生活を想定した学習者向けの会話テキストには、「ゴミ出し」がかなり早い段階で登場する。一方、中国語のテキストではあいさつの練習もそこそこに、かなり早いページに「買い物」のシーンが現れる。私が中国語を学び始めたころに出合った会話文を紹介したい。

客 :このダウンジャケットはいくらですか。
店主:500元です。
客 :すごく高いなあ。安くしてよ。200元でどう?
店主:だめだめ、450元までしかまけられない。
客 :高すぎる。もういい。別の店に行く。
店主:待って、行かないで。友達でしょう。250元がぎりぎりだよ。
客 :分かった。じゃあ、250元で買うよ。

この文章を読みながら、何度も衝撃を受けた。「500元」と言われたのに、いきなり「200元」に値切ろうとする大胆さ。そして、それがある程度通用し、半額の250元で商売が成立している……。

この短い、そして初級単語だけで構成された会話文は、中国の定価が日本の定価とは位置づけが異なること、値切らないと損をする社会であることを教えてくれる。

ある程度基礎会話ができるようになったころ、「AA制(AAジー)」をめぐるやりとりがテキストに出てきた。AA制は、中国語で割り勘を意味する。

日本ではグループで食事をしたときに会計を割り勘するのは当たり前だが、中国ではたとえ高校生や大学生の食事会でも、誰か一人が全額を払おうとして伝票の奪い合いになることが多々あった(もっとも今は、スマホ決済が普及しており、以前とは状況が変わっている)。

テキストの文章では、誰かにおごってもらうと「借りをつくった」という意識になり、より値段の高い店でおごり返すまですっきりしない中国人の心情が説明された。 実際、あのテキストを読んでから現在に至るまで、中国の友人に食事に誘われた場合は、「普段の食事」には高すぎるお店に案内され、相手が20歳年下でもおごってもらうことが大半だ。無理やりにでもこちらがいくらか出すことは、「メンツを潰す」ともアドバイスされたことがある。

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中国人におごってもらった火鍋

お金を巡る文化的相違は、語学のテキストに紹介されるくらい顕著であり、生活に影響を及ぼすということだろう。 また、テキストに書かれるほどはっきり認識されていないものの、両国を知る日本人や中国人と話していると表面化する「お金に関わる価値観の違い」も多い。ここに、統計や明確な調査はないものの、周囲の多くの人が同意したり指摘する4つの違いを紹介したい。

1. 「値段が高い」の定義

スマートフォンの買い替えを検討していた日本人男性田中さん(30代)が、8万円近い端末を見て、「高くて買えないなあ」と話した。その場にいた中国人留学生の孫さん(25)は、「そうですねえ」とうなずいていたが、後から「前から思っていたのですが、日本人と中国人の『高い』は違う気がします」とメッセージをくれた。彼は大学院で日本語を研究するために来日して1年弱、日本人の「高くて買えない」という言葉を聞くにつれ、説明しようのない違和感を感じていたそうだが、以下のような解釈にいきついたという。

  • 中国人が、「高くて買えない」というときは、実際にそれを買うだけの経済力がない。
  • 日本人が、「高くて買えない」というときは、経済力のほかに、消費に対する個人の価値観と照らし合わせて判断している。


孫さんは「私は8万円のスマートフォンを買えるだけの貯金がありません。だからバイトを増やして買おうとしています。けれど、田中さんは夏のボーナスで数十万円を手にしても、買わないと思うんです」

確かに、訪日経験がある中国人からは、他にも似たような分析を聞いたことがある。

50代の中国語教師は、日本に1年派遣され帰国した後に、印象に残ったことの一つに、「大きな家の車庫に小さな自動車が入っていること」を挙げた。

勤務先の中国人同僚は「中国人は車を購入したら、電車やバスには乗らずどこに行くにも車を使う。けれど日本人はその時の合理性を考えて、交通手段を選択する」ことを発見した。

2. 「高いものは素晴らしい」VS「コスパ」

「高くて買えない」の意味に違いが生じるのは、中国人が「高いものほど素晴らしい」と考える傾向があり、そして「自身の経済力」というシンプルな物差しで消費の選択をしている一方、日本人は比較的「コストパフォーマンス」を重視し、消費においても経済力以外に「合理性」「利便性」を考慮する傾向があるからかもしれない。少なくとも私と孫さんは、そのような結論に行きついた。

失礼を承知で言えば、中国には壊れやすいものや不良品がどこそこにある。シャワーを浴びているとき、シャワーヘッドが真っ二つに割れてお湯の塊が私の顔面を直撃したこともあるし、スーパーで果物を買うときは、腐っていないか、傷がついていないか、一つ一つよく確認する必要がある。高品質なものが欲しければ、それだけお金を払わなければいけない。何かが壊れたときに、「安物だからね」と自分に言い聞かせることがよくあった。

一方、デフレ経済に鍛えられた日本には、「安くていいもの」があふれており、安くても生産に手を抜くのは許されない空気がある。100円ショップでも、一皿100円の回転寿司でも、「100円でこれができるのはすごい」と感心する商品があり、日本人の多くは、その価格ごとに期待値を調整し、その期待値を満たしているかどうかで良しあしを判断しているように感じる。

3. 「気持ち」は贈り物の金額か贈ることそのものか

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この価値観の違いは、贈答の習慣にも一端が現れる。

中国人とプレゼントのやりとりをするとき、「気持ち=贈り物の金額」という前提をしばしば感じる。最近中国に出張するようになった日本メーカー勤務の女性から、「中国の人からもらったプレゼントに値札がついたままだったんですが、これってわざとでしょうか?」と質問を受けた。

たしかに私が勤務先の教え子たちから受け取った腕時計にも2万円台の値札がぶら下がっていたし、夫がかつての雇い主から春節のお祝いとしてもらったグッチのマフラーにも値札がついていた。

10人以上の中国の友人に聞いた限り、「プレゼントから値札を外さない」というルールは存在していないようだが、値札をつけたまま贈ることにも違和感はないという。

日本人の場合、多少のTPOはあるもののプレゼントの価格はそこまで重要ではない。贈る行為そのものが、気持ちだからだ。ノーブランドの化粧品であっても、贈り主の愛用品であるかもしれないし、何の変哲もないみかんであっても、「旅先であなたのことを思い出した」というメッセージが込められていることもある。

そういう「行間」は、中国ではいちいち説明する必要があるらしい。「日本事情」というテキストには、「日本人が贈り物をするときに、『大したものでない』『余ったので』と言い添えることは、決して相手を軽んじているのではなく、相手に負担をかけないための配慮である」と解説があった。

4. お金の貸し借り

日本人に比べて、中国人はお金の貸し借りへの抵抗がかなり薄いのでは、ということも、中国在住時に時々話題になった。

一度、駐在員の日本人男性からこんな相談を受けた。

「取引先の会社の中国人幹部から、(メッセージアプリの)微信(WeChat)でお金を貸してほしいと言われたんだよね。それが1万元(約16万円)なんだけど、どう思う?」

彼いわく、仕事相手なので定期的に顔を合わせるものの、私的な付き合いは薄いとのこと。決して低額ではない借金の依頼に、どう返事をすべきか困り果てていた。相談を受けた私は、直近の出来事を思い出した。

大学の作文の授業で、「今年一番腹が立ったこと」というテーマを出したら、学生50人のうち、10人近くが友人とのお金を巡るトラブルを書いてきたのだ。

例えば李さんという男子学生は、夏休みの帰省時に、高校の同級生だった女性にお金を貸してほしいと頼まれた。それは故郷から離れて寮暮らしをする自分の1か月分の生活費より多かったが、アルバイトでまとまったお金があった李さんは、貸すことにした。だが、夏休みを終え、お互い大学のある都市に戻った後、女性に連絡しても返信が途絶えてしまったという内容だった。

一読した私は、思わず「何で、自分だってお金ないのにそんな大金を貸すの?」と李さんに聞いた。李さんは「友達だから」と答えた。

「友達だから」は、中国で生活しているとしばしば出て来るキーワードだ。「友達だから」と支援を依頼し、依頼された方も「友達だから」と積極的に手を差し伸べる。これに対し、日本人は「友達だからこそ、迷惑をかけて関係を壊したくない」と考え、助けを求めることを遠慮する傾向があるように思える。

お金の貸し借りやそれに伴うトラブル話を聞くにつけ、私をはじめとする日本人は、「なぜそんな簡単にお金を貸し借りするの?」と説教にも近い問いかけをするのだが、中国の人たちは「日本人は冷たい」と反論する。

中国は銀行融資が発達していなかったこともあり、2000年代前半までは、日本への留学でも「親戚中からお金を借りて、学費を工面した」という人が珍しくなかった。そして留学のハードルが下がった今でも、「友達からお金を集めて起業した」というのは割と聞く話でもある。

お金の貸し借りへの心理的なハードルの低さが、ソーシャルレンディングアプリの繁栄を生み、また、モバイル決済ツールの普及にもつながっている(中国のモバイル決済アプリは、お年玉のやりとり機能が、爆発的普及の一つの動機付けになった)のではないかと感じている。

日本で目にする「中国の消費」「中国のキャッシュレス社会」をテーマにした記事は、自分が書いたものも含めて、社会の仕組みや景気、あるいは関連企業の説明に文字が割かれて、その根底にある風土や考え方があまり紹介されていない。だが、その風土の違いが大きいからこそ、一見きわめて便利に見える中国のシステムが、ものによっては日本ではなかなか定着しないのではないだろうか。

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