2019/05/03

【北欧ライフに学ぶ、幸せの処方箋】私がデンマークに住み着いたわけ

デンマーク工科大学 リサーチアソシエイト。北欧研究所主宰。京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。専門分野は、情報システム、デザインアプローチ。異文化協調作業支援、創造性支援、北欧におけるITシステムと参加型デザインの研究を行っている。

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働きやすい、子育てしやすい、福祉が充実している、男女平等……こうしたイメージで語られ、幸福度が高いと言われる北欧諸国。そこで人々が感じている「幸せ」の源泉はどこにあり、それは日本人にとっての「幸せ」とどう違うのでしょうか? 連載「北欧発Happiness Technology」で社会に根づき人々に幸せをもたらすICTを紹介してくださっている北欧研究所主宰の安岡美佳さんを中心に、北欧での日々の体験に基づく「北欧式・幸せの形」をさまざまな角度から探っていただきます。初回から3回にわたっては、安岡さんを含むデンマーク在住の3名の寄稿者の方々が、なぜデンマークに移住したのか、そこでどんな幸せのあり方を見つけたのかを語ります。

デンマークに来れば幸せになれる?

「デンマークに住みたいと思っています。デンマークって幸せの国で、社会保障が整っていて医療費が無料な国で、とても素晴らしいと思います。どうしたらデンマークに住めますか?」学生から30~40代の夫婦まで、そんな問い合わせを幅広い年代の人から受ける。そして私ばかりでなく、同じような問い合わせを受けたことのある在デンマークの日本人は意外と多い。

1日の労働時間は7.5時間、週の労働時間は37.5時間。仕事をしつつも趣味を満喫し、ワークライフバランスも良好で、年間通して6週間の休暇を消化する。医療は無料で、教育も無料、介護も国の負担だ。そんなデンマークは、彼らには苦しみも悲しみもない桃源郷のように見えるのだろうか。

だが、在デンマークの日本人の反応は一般的に手厳しい。「デンマークに来れば幸せになれるとでも思っているわけ? 今の移民政策がいかに厳しいか、永住権の取得がいかに難しいか知っているのかなと、お節介オバちゃんは心配になるわけ!」と口角泡を飛ばして語ってくれる知り合いも多い。

デンマークにおいて働かないという選択肢はほぼないから、結婚して専業主婦になる選択ができるのはほんの一握りだし、育児休暇も1年のみで仕事復帰が求められる。そもそも職探しは非常に難しいし、外国人にとって、さらにEU圏外から来ているアジア人にとってはさらに厳しい。ちょっと気になるから病院に行っておこうという思いつき的な受診の機会はデンマークではほとんどない※1。幼児教育現場では、ほとんどが子どもの自主性に任せられ、先生はコーヒーを片手に子どもたちを見ているだけ。日本で教育を受けてきた人には衝撃的な光景だ。冬は寒いのは我慢できるとしても、暗い日々が続くためうつになる人は多い。そして、何よりも税金が高く、25%の消費税で生活費で収入はほとんど消える。え?貯金なんてありません。

※1 デンマークでは、医療が社会福祉サービスの一環として(基本)無料で提供されている。受診は事前登録済みの指定家庭医が行い、必要であれば病院に送られる。家庭医では当日診察は基本的にはなく、事前予約が必須だ。予約はうまくいけば2~3日後、通常1週間後ほどになることが多い。緊急の場合は、緊急ダイヤルで電話カウンセリングを受け病院の緊急病棟で診察が行われることもある。

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日照時間が短く、暗い日々が続くデンマークの冬

「なんとなく」が多数派

私の周りの日本人を見てみると、多くの人たちが結婚をきっかけにデンマーク在住を決めている。たまたま仕事で出会った相手がデンマーク人だった、留学先や旅行先でデンマーク人と出会った。どこで一緒に生活をするかと考えた結果デンマークにした、というケースだ。若気の至りでなんとなく決めてしまえる時期だからこそ、彼氏彼女がデンマーク人だし、デンマークに住むのでいいか、となんとなく選んだ人も多いんじゃないだろうか。

男女比で見ると、日本人女性とデンマーク人男性のカップルが多いが、逆がないわけではない。おそらくデンマーク人女性は男女ともに働く社会に慣れているから気にしてないだろうが、稼げない日本人男性は「男たるもの...っ」と考えてしまって女性よりもさらにつらい気持ちを味わっているかもしれない。

今のところは少数だが、デンマークで仕事をしたい、デンマーク社会が大好きだ、デンマークで生活をしたいと言って、デンマークに居つく人たちもいる。特に欧州に身寄りがあるわけではないものの、自分のスキルが活きる場所はここだと、決心して生活の基盤を整えようとする人たちだ。限られた私の交友関係ではあるが、私の周りにはアーティストや音楽家、専門家がこのタイプに多い。また、デンマークの社会民主主義のイデオロギーに賛同して移住を決めた人もいる。

2年のつもりが15年……若気の至りで移住

かくいう私は15年前、研究のために2年間の滞在のつもりでデンマークに来た。日本で始めた博士課程を中断させられる可能性があったからというのが第一の理由だ。私の博士過程の指導教官は、北欧を中心に実践されているインタラクションデザインの開発手法、「参加型デザイン」を使ったITシステムやソフトウェア開発手法に注目していた。自分としても、今後重要性が高まるであろう社会におけるITを、人が中心とされる社会で考えるのは非常に興味深い。何よりも博士課程を修了したかったし、しかも給料をいただきつつ博士が取得できるという環境が魅力的に思えた。実際に、デンマークのITシステムのデザイン手法は、非常に先進的なマインドセットかつ実践的なメソッドであり、現在の私の研究のルーツはそこにあるから、必ずしも失敗の選択ではなかった。ただ、箱を開けてみると、2年間では終わらせることはできず、色々と複雑な社会に慣れるのに苦労したことも多かった。この話は長くなるのと、別の機会に語っているのでそちらを参考いただきたいと思う。

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進学先のコペンハーゲンIT大学

私の場合は、明らかに2つの意味で「若気の至り」である。2年ぐらいどうにかなるだろうと、デンマークのことをほぼ何も知らずにデンマークでの博士課程継続を決めてしまった。デンマークの大学で研究をするというのはどういうことか、その後苦労する北欧での研究者とのネットワーク作りのことも、そしてデンマーク社会や高福祉高負担のことも何も知らずに、米国での海外在住経験がすべての海外に通じるかのように錯覚してしまっていた。

実際、「欧米」とひとくくりに言われても、欧州と米国は、社会構造、産業構造、人のマインドセットなどあらゆるところで異なる。米国人のリロケーションサポートをしている友人いわく、米国人はデンマークで孤独に陥ったり社会生活で悩むことが多いという。アウトゴーイングな米国人でもデンマーク人に受け入られることは難しいのだろう。この話は15年デンマークに住んだ私には自分ごとに感じられる。どんな過去の経験を持っていたとしても、新しい社会文化環境に合わせて、自分をある程度ローカライズすることは不可欠だ。

帰ろうと思ったらいつでも帰れると考えたことも、「若気の至り」である。研究や仕事で鳴かず飛ばずの時に第1子を、4年後に第2子を出産した。それなりに充実した仕事をしながら子育てをしている今、仕事を続けつつ家族との生活を充実させたいと思うと、デンマークは外国人としての苦労を考慮しても、過ごしやすい国であることを認めざるをえない。まだ日本に帰ることも考えてはいるが、ここ数年は子どもが成人するまであと10年ぐらいはやはりデンマークに住むのだろうなと想定している。

オンリーワンを目指す辺境国家に日本が学べること

デンマークは不思議な国だ。平等で連帯が重要な社会価値と言われるけれども、自律する個人が共存している。社会主義的な社会の枠組みの中で、人々は自由を謳歌している。在住者の私にとって、手放しに賛美できず、かと言って嫌いなわけではないこの国は、一般的に見てもほかのどこの国とも同じく良い点も悪い点もある。一般的なデンマーク人にとっては幸せな国だろうなと思えるものの、アルコールや麻薬の依存症患者や早期退職者(20代で年金生活を始める。多くの場合精神疾患が理由だ)が社会問題化している悩める国でもある。血のつながりや学友がいない外国人にとっては、人的ネットワークがないために、生活・仕事の面で不公平なことも多いと感じる。ただ、そんなことは、大なり小なりどこの社会でもあることだ。

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大学の近くの自然保護エリア。首都圏にもかかわらずこのような自然が身近な独自の住みやすさを追求した街づくりを進める

私にとってデンマークは、我が道を行く辺境国家である。米国や中国にはなれないけれど、ブルーオーシャン戦略でボーングローバル※2を目指す。独自の価値観を作り上げ、ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指す国とも言えるだろうか。

※2 中小規模ながら創業当初から海外市場を目指す企業のこと。北欧は国内市場が小さいため、最初から海外を見据えニッチ産業で世界市場を狙う戦略を立てる企業が多い。一般的には、数年以内に海外展開を狙うスタートアップ企業と定義される。

15年間住んだ結果見えてきたのは、それらは幸せに生きるための鍵であり、仕組みとしてデンマーク社会のあちらこちらに埋め込まれているということ。そしてそれは、縮小する日本にこそ参考になることであり、また応用可能だということだ。本連載では、デンマークを中心とした北欧諸国の辺境ぶり、「幸せな国」の理由、無意識のうちにインストールされている「幸せの処方箋」を、身近な話題から紹介していきたいと思う。

ちなみに、デンマークに住む方法はいくらでもある。学生、オペア(住み込みのベビーシッター)、結婚、就職、派遣……。ただ、デンマークで必要とされるスキルがないと、夢の国は受け入れてくれない。そもそもその夢の国の価値観が、自分の価値観と合致するのかの見極めは必要だ。本当にデンマークに住みたいんですか?と念を押してうかがいたいが、デンマークに住みたい(そして幸せになりたい)と本気で考えるのであれば、アドバイスとしては、戦略的、長期的に自分の価値を磨くことをオススメしたい。

北欧ライフに学ぶ、幸せの処方箋➀
ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指せ

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