2019/04/26

【日中クロスオーバー】
アメリカと中国と日本が共存共栄する温泉リゾート、アラスカ・フェアバンクス

早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社記者として地域・経済分野を中心に取材。2010年から中国・大連の東北財経大学に博士留学した後、少数民族向けの大連民族大学で日本語教員となる。2016年に帰国し、中国経済のニュースを中心に執筆、翻訳。法政大学イノベーションマネジメント研究科兼任講師も務める。

チナ温泉リゾートで中国人観光客に応対するギャビン・グラントさん

アラスカ州第2の都市フェアバンクス。空港から車を走らせること1時間半、長い一本道の先に突如現れる「チナ温泉リゾート」は、オーロラと天然温泉を楽しめ、かつ日本語が通じる宿として、日本人に人気の高いリゾート施設だ。しかしこの5、6年は中国人旅行者の来訪が急増。日本人観光客頼みのリスクも感じていた施設は、中国マーケット担当者を採用し、より巨大な市場の掘り起こしを始めた。

露天風呂とオーロラで人気の観光地に

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高緯度の限られた地域でしか観測できないオーロラを楽しめるフェアバンクスは、人気の高い観光地

チナ温泉リゾートは宿泊施設を中心に、源泉かけ流しの露天風呂、犬ぞり、氷のミュージアムなどさまざまなレジャーを楽しめる大型施設だ。オーロラシーズンには、温泉とオーロラを同時に体験しようと、市街地から日帰りのツアー客も大勢訪れる。

日中はアクティビティの申し込みを受け付け、夜間はオーロラ観測の待機場所になるアクティビティセンターは、夕方から夜にかけて、人々が集まってくる。

壁に貼られたアクティビティ案内を眺めている中国人の男女に、背の高いアメリカ人スタッフが「ニイハオ」と声をかけた。

声の主、ギャビン・グラントさん(25)は「僕が話しかけると、中国人のお客さんは『あいさつだけは中国語でできるのかな』と思うみたいなんだ。でも僕が以前に中国に住んでいたこと、基本的な会話ができることを話すと、だいたい驚かれるよ」と笑った。

この時もグラントさんは、中国人客らに「2年前は河北省の保定に住んでいたんだ」と中国語で話しかけ、会話を盛り上げていた。

2012年ごろから中国人宿泊客が増加

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チナ温泉リゾートの名物である露天風呂は、日本人スタッフのアイデアでつくられた

「チナ温泉は、元々はアラスカ州が所有するリゾート施設でしたが、赤字がかさんでいたため、1998年に今のオーナーでもあるバーニー・カール氏が買い取りました。その後、日本人スタッフのアイデアで露天風呂を作ったりして、少しずつ日本人客が増えていきました。2000年代前半以降、日本航空(JAL)がフェアバンクスへチャーター便を飛ばすようになり、2010年前後にはオーロラシーズンの宿泊客の7割を日本人が占めるまでになりました」

アジアマーケットマネージャーの時田雅子さん(45)はそう説明する。彼女自身、2003年にインターンとしてチナ温泉で働き、その後数年は日本に戻っていたが、急増する日本人客に対応するために2009年から就労ビザを取得し、ここで正社員として働いている。

時田さんが“異変”を感じたのは、2012年前後だった。

「中国人旅行者の予約がぽつぽつ入るようになって、気が付いたら日本人より多くなっていました」

フェアバンクスの空港にも、中国系旅行会社の広告が目立ち始めた。2015年ごろには「ぽつぽつ」どころではなくなり、今ではオーロラシーズンの宿泊客の9割が中国人だ。

幸い、チナ温泉を訪れる中国人旅行者の大半はアメリカ本土の在住者で、英語が話せたため、大きな問題は起きなかった。それでも、中国人旅行者への対応の必要性はこの数年間、施設の課題として度々提起されてきた。2018年9月にリゾートに就職したグラントさんは、経営陣が待ちわびた「中国がわかる」アメリカ人だった。

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アジアマーケットを担当する時田雅子さん(左)とグラントさん

北京五輪に魅了され中国語を学ぶ

グラントさんと中国の出合いは、高校に入学する直前、2008年の夏休みだったという。

「テレビで北京オリンピックの開会式を見て、エキゾティックなパフォーマンスに魅了された。中学では外国語でスペイン語を選択し、高校でも継続するつもりだったけど、中国語をゼロから始めることにした」

高校卒業後はオレゴン州の大学で中国ビジネスを専攻。長期休みには中国に旅行し、雲南省など風光明媚な観光地を巡った。そして大学を卒業した2016年、中国での就職に踏み切った。

英語教育が盛んな中国で、母語が英語の人材は引っ張りだこだ。グラントさんも河北省保定市の幼稚園の英語教師に採用された。

保定市は人口1,000万人を超える大都市だが、北京や上海ほどの知名度がないためか、欧米人はあまり見かけない。中国にどっぷり浸かり、中国語を流暢に話せるようになりたかったグラントさんにとって最良の環境だった。幼稚園の同僚とのコミュニケーションで、中国語の会話力もめきめきと向上した。

だが数か月経つと新鮮さが薄れ、当初は想像もしていなかった問題に直面した。

「簡単に言えばホームシック。中国人の友達はたくさんできたけど、母語で世間話ができる友達がいないことに、ある時期からとても孤独感を感じるようになった」

幼稚園児に英語を教える仕事そのものにも、「子どもはかわいいけど、長い目で見てキャリアになるのか」と悩みだした。

結局、グラントさんは中国生活に1年でピリオドを打ち、故郷のシアトルに戻った。

温泉のオーナーからスカウト

帰国後の2018年3月、アラスカ最大の都市であるアンカレッジ在住の友人を訪ね、一緒にフェアバンクスにオーロラ観光に出かけた。そこで、チナ温泉のオーナーであるカール氏に引き合わされた。

時田さんによると、カール氏は、州政府に中国人誘客に向けた政策を働きかけるなど、経済が停滞するフェアバンクスをインバウンドで盛り上げようと取り組んできた。グラントさんのこれまでの経歴を聞いたカール氏は、即座に「うちで働かないか」と誘った。

「アラスカは、アメリカ人にとって外国のようなもの」とグラントさんは言う。

「以前の自分だったら、断っていたと思う。けど中国で1年働いた経験があったから、『中国よりはハードルが低い』と感じた。中国に比べれば近いし、英語が通じるしね」

日本人と中国人、どちらも大事なお客様

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リゾート内は英語と日本語の掲示物ばかりだったが、少しずつ中国語も増えてきた

グラントさんは2018年9月、チナ温泉で働き始めた。最初の数か月はフロントやアクティビティセンターなどの業務を一通り経験し、2019年に入って、「中国マーケット担当」の役職が付いた。

とは言え、社会人経験も少ないグラントさんが取り組んでいるのは、まず目の前のことだという。

施設内の掲示物は、ほぼ英語と日本語だけだったが、少しずつ中国語を増やしている。

中国のSNS、微信(WeChat)や微博(Weibo)のアカウントを作り、情報発信も始めた。 「オーロラと温泉はもちろんだけど、中国人旅行客の間ではアイスフィッシングの人気も高い。フェアバンクスに遊びに来る中国人の多くは、アメリカ本土に留学している学生だから、若い人が興味を持つようなコンテンツを意識している」

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グラントさんは微信(WeChat)上でチナ温泉リゾートのアカウントを作成し、情報を発信している

働く場所が中国からアラスカに変わっても、外国人相手の仕事では、文化の違いに戸惑うことも少なくない。

グラントさんは、「悪口だと捉えないでほしい」と前置きしながら「時々、市内の観光スポットのガイドを頼まれるのだけど、直前の予定変更が多くて、しかも自分だけ知らされていない、ということがままある」と話した。

「ガイドの前日は、訪問先のことを調べて、ちゃんと中国語で説明できるように準備しているんだけど、集合場所に着いたら、『予定は変わった。今日は〇〇に行くことにした』と言われたり。当然、まともにガイドをできないので、残念な気持ちになる」

夜11時前後になると、微信のチナ温泉アカウントには、宿泊している中国人から「今日はオーロラが見えるかどうか」をたずねるメッセージがいくつも届く。

夜遅くまで対応しなければならないのは大変とはいえ、「自分が開設したSNSが活用されていることに、やりがいを感じる」とグラントさんは話した。

時田さんは、「米中関係はあまり良くないけど、観光業界にとっては中国人は大事なお客様。フェアバンクスのオーロラ観光やチナ温泉は日本人旅行者に支えられて発展してきた。それが中国人にも評価されつつあるなら、歓迎すべきことです」と語った。

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