2019/05/08

【森山和道の「未来の断片」】
複雑なものを複雑なまま計測して理解する KEKフォトンファクトリーX線顕微鏡

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フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

KEKフォトンファクトリー「BL-19」

巨大な装置で極微の世界を見る

まったくの私事だが、自室のキッチンの照明器具が壊れてしまった。器具自体の寿命らしい。賃貸住宅なので勝手に交換修理するわけにもいかず、仕方なく補助用の照明を使っているのだが、料理の色がよく見えないし、暗くて不便だ。何かを見るときには、光を当てる必要がある。部屋の隅を見ようと思うと、懐中電灯のようなスポットライトが必要だ。もっともっと小さい、微細な世界を見るのも同様で、狭い領域をはっきりと見るためにはそのぶん強い光を当てなければならない。ものを見ることは理解の基本である。

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK)は2019年4月24日、「フォトンファクトリー」の新しいビームラインBL-19と、そこに設置された走査型透過X線顕微鏡(STXM、スティクサム)などを報道公開した。数学的な手法なども組み合わせて、材料研究の幅を広げていく。

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「BL-19」のビームは2つのブランチに分けられている。右側に設置された走査型透過X線顕微鏡はBL-13から移設したもの。左側はフリーとなっており、必要に応じて計測機器を導入する

「フォトンファクトリー」とは、KEKつくばキャンパスにある放射光施設の名前だ。電子の塊を光速近くまで加速する「加速器」から生まれる、強烈な光である「放射光」を使って、微細なスケールで物質や生物の構造、機能発現のしくみを明らかにすることを目標として研究を行っている。

KEKのフォトンファクトリーは、日本国外には15個、国内には9個ある放射光施設の1つである。フォトンファクトリーには電子ビームエネルギーの異なる「PFリング」(25億電子ボルト)と「アドバンストリング」(PF-AR、65億電子ボルト)という2つの加速器がある。新設されたBL-19はPFリングのほうにあり、こちらには走査型透過X線顕微鏡が設置されている。一方PF-ARのほうにはX線吸収分光顕微鏡が設置されていて、材料の3次元観察ができる。「BL-19」という番号からもわかるとおり、他にもビームラインがあり、それぞれ異なるエネルギーで計測ができ、見たいものに合わせて使い分けられている。さまざまな素材をさまざまな手法で計測できるのもKEKフォトンファクトリーの強みの1つだ。

X線顕微鏡が拓く電池やモーターの未来

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放射光の発生原理。高速で運動する電子の軌道を電磁石で曲げて放射光を導き、活用する

もう少し基本的な話を続ける。放射光とは、光速に近い速度を持つ高エネルギーの電子が磁場中を運動して軌道を曲げられるときに、円軌道の接線方向に放射される光(電磁波)である。非常に明るくて波長が短く、原子や分子の配列、物質の電子状態や化学結合の状態を調べたり、パルスにすることで化学反応の時間変化を追ったりするために用いられている。

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奥に見えるのがPFリングの円弧。接線方向、ほぼ胸の高さくらいに放射光が出てくる

放射光のうち、X線を用いるのがX線顕微鏡だ。X線はレントゲンでおなじみのとおり、透過力が高い。ただし放射光X線と普通のレントゲンのX線は「豆電球とレーザー」くらいの違いがあるという。放射光X線は強く、細く出てくる光なのだ。それはともかく、調べたい試料を薄くしてX線を当てると、突き抜けてくる。透過するときには、試料を構成する物質の原子・分子に影響を受けて、外へと出てくる。つまり、外へ出てきたX線は試料内部の情報を持っている。それを調べることで試料の情報を得ることができる。走査型透過X線顕微鏡は超薄片化した試料に当てるX線のエネルギーを変化させることで試料の吸収スペクトルから特性を調べる装置である。

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解説するKEK物質構造科学研究所 助教の武市泰男氏

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X線顕微鏡の中核部。このSTXMは武市氏の設計

先ほど放射光X線は強く細い光だと言ったが、細いといっても数ミリメートルくらいある。それをX線に対してレンズのような働きをする「フレネルゾーンプレート」と呼ばれる光学素子を使って、数十ナノメートルまで絞って試料に当てる。そして試料を通り抜けたX線の強度を計る。

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X線を絞るフレネルゾーンプレートの拡大写真。大きさ150ミクロンくらいのリソグラフィーで作る円形の回折格子

具体的にはどんな試料を調べているのか。近年、特にニーズが増えているのは触媒材料や、電池だという。スマートフォンやドローン、さらに電動自動車などを支えているのは電池の発展である。電池の性能が大幅に向上したことによって初めて実用領域に入ったものは少なくなく、さらに電池の性能を向上させるニーズは高い。たとえば現在の電池は急に性能が劣化してしまったりする。それは微細なスケールで見ると、どのような過程なのか。電池内では金属原子や酸化物などが複雑に絡み合っているが、その原子分子スケールでの化学反応の過程を詳細に調べるためにX線顕微鏡が用いられている。

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右側からX線が入射して中央のアルミ板上の試料にあたる。X線が絞られている位置にステージが移動し試料を走査していく

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原寸模型。右側からX線が入射し左側で検出する

このほか磁石の性質を左右する「磁区」を数十ナノメートルのスケールで観察するなど、磁性材料の研究にも用いられている。磁石の性能が上がれば、ロボットや自動車など、幅広く活用されているモーターの性能自体が大きく変わることは言うまでもない。現在、計測の依頼が応えきれないほど増えており、今回のビームライン増設もそうしたニーズに応えるためだという。

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顕微鏡の上流部分。欲しい波長のX線だけを取り出す回折格子分光器、分岐ミラーなどを経て顕微鏡へX線が届けられる

機能発現や劣化の現場を可視化する

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大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 木村正雄 教授

電子線やX線を使うと拡大率を上げて物質を見ることができる。では、原子分子のスケールというが、それはどのくらいだろう。KEK物質構造科学研究所 教授の木村正雄氏は「もし一円玉が関東平野くらいの大きさだとすると…」という例え話でスケールを説明した。もし、一円玉を関東平野くらいの大きさに引き伸ばしたとしたら、一円玉を構成する原子は、おおよそピンポン球くらいの大きさになるそうだ。

スケールがデカすぎるというか小さすぎるというか、わかったようなわからないような話だが、要するに、そのくらい小さい世界の対象を見ようというのがX線顕微鏡の世界であり、現在の材料研究のスケールだ、というわけだ。

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アドバンストリング(PF-AR)。X線吸収分光顕微鏡が左奥の室内に設置されている

X線顕微鏡の特徴は原子スケールが見られること、非破壊で材料を調べられること、電子状態を観察できることである。木村教授は、X線顕微鏡を使うことによるインパクトは2つあると整理して紹介した。

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PF-ARのX線吸収分光顕微鏡では試料を3次元観察できる。中央の針のようなものが試料。数十ナノメートルくらいの空間分解能で数十ミクロンくらいの大きさの試料を観察する

1つめは、機能発現や劣化がどのように始まるのかを可視化できることだ。たとえば各種素材が詰まっている電池内部の化学反応が微小スケールでは具体的にどのように進むのか、航空機の機体材料として注目されている炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の中ではどのように亀裂が生まれて樹脂と繊維が剥離して破壊が進んでいくのか、また航空エンジンの超高温の排気に耐えるためにタービンブレード表面に施されている耐環境性コーティング(EBC)がどのように劣化していくのかといったことを、電子状態を直接観察して調べることができる。

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X線吸収分光顕微鏡で観察したCFRP材料を3次元化したモデル

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それを2000倍に拡大して3Dプリントした模型。黄色が亀裂。うっすら見える丸が5ミクロンくらいの炭素繊維一本一本にあたる

何かが壊れるとき、あるいは反応が始まるときは、必ずその始まりの場所がある。その瞬間に何が起きているのか。内部の状態を3次元で可視化することで破壊の過程や原因がわかれば、制御できるようになるかもしれない。これらは社会インフラの維持や、材料の新機能発現、省資源化などに役に立つ。

水惑星・地球の歴史を探ることも

もう1つは、反応の履歴から、その材料の履歴を知ることができる点だ。たとえば太古の岩石を調べることで、その当時、その岩石がどのような環境で生成されたものかがわかる。対象はもちろん、地球外由来の岩石でも構わない。その岩石が形成された当時の環境だけではなく、その後、どんな圧力温度条件下を経てきたのかもわかる。今後、小惑星探査機「はやぶさ2」や国際宇宙ステーションで収集されたサンプルを調べる可能性もあるという。

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22億年前に形成されたマグネタイト。黒い層の部分が磁鉄鉱で、鉄を付けた水色の球が吸いつけられている

木村教授は22億年前に形成されたものだというマグネタイト(磁鉄鉱)を示しながら説明した。太古の地球には酸素はなかったが、シアノバクテリアが誕生したあとに酸素が大気に満ちるようになり、その酸素と鉄が結びついて大量の酸化鉄が形成されたものだと考えられている。こちらの方向の研究については現在、文部科学省科研費新学術領域研究「水惑星の創生」で進められている。たとえば水と反応する粘土鉱物の元素組成を調べることで、逆に当時の水の組成を推測することができるのだ。

放射光X線と機械学習で
材料が劣化する複雑な過程を読み解く

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KEKのX線顕微鏡。調べたい対象に応じて使い分ける

それぞれの研究において、見たい階層スケールに応じた観察手法を組み合わせてイメージングを行う。異なるエネルギーを使って、しかも3次元で、時間発展も含めてデータを取得するとなると、データ総量は膨大だ。それをどのようにまとめていくかは実際にはまだこれからの課題で、現時点では複雑な材料を、(平均的に見るのではなく)複雑なまま「計測」できるようになったというのが現状だと木村氏は語った。本当の目的は、さらに踏み込んで理解することだ。シンプルかつ複雑な状態のまま理解したいという。

木村氏らは、人間だけでは発見できない埋もれた本質的な情報を見出し、理解するためには情報科学技術や応用数学の知見を活用することが重要だと考えているという。たとえば2018年2月には「ミクロな見た目の“かたち”で材料の欠陥がわかる 〜放射光計測と応用数学による世界初の視点〜」というプレスリリースが、KEKの木村氏や武市氏らと、東北大学、新日鐵住金から共同で出ている。高炉の中の焼結鉱など、金属酸化物の化学状態が不均一に変化する現象を放射光X線で観察し、応用数学の手法の1つである「パーシステントホモロジー」を活用してその反応起点を特定したというものだ。過去の科学的研究や個人の経験などに頼ることなく、膨大なデータだけから、材料全体のマクロな特性を左右する欠陥の場所を特定することができるという。

具体的には、焼結鉱の酸化鉄とカルシウム-鉄系酸化物の相を穴の空いた物体に見立てて、X線顕微鏡からのデータをもとに、反応が進むとその穴がどのように変化するかを解析する。穴が空き、その穴がつながるといった形の変化や分布と、マクロな特性としてのクラック(ひび割れ)の量との関係を機械学習させることで、従来の材料科学の知見なしで破壊が起こる起点を見つけられたというものだ。

特に面白いのは、これまでにも材料が劣化するときには特徴的な「形」が生まれることは知られていたが、従来は知られていなかったタイプの劣化起点も見出すことができたという点だ。機械学習や応用数学とX線顕微鏡を組み合わせることで、人が持つ従来の知見に引きずられず、新たな知見をデータから直接引き出せるかもしれない、いや実際に引き出せることを示している。

人だけでは見いだせなかったものを見る。新しいサイエンスの始まりを感じる。

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