2019/05/06

【携帯電話研究家・山根康宏が見る、5Gとその先の未来】
5Gは製造業をどう変えるのか? インダストリー4.0に向けて高まる5Gへの期待

香港を拠点とし、世界各地で携帯端末の収集とモバイル事情を研究する携帯電話研究家・ライター。1,500台超の海外携帯端末コレクションを所有する携帯博士として知られるが、最近では通信技術やIoTなど広くICT全般へと関心を広げ、多岐にわたるトピックをカバーしている。『アスキー』『ITmedia』『CNET Japan』『ケータイWatch』などに連載多数。

インダストリー4.0の実現には通信関連企業の存在は必要不可欠

韓国の5Gは静かな滑り出し

2019年4月5日、韓国でスマートフォン向けの5Gサービスが始まった。2019年は世界各国で5Gの商用化が始まる予定で、今年は名実ともに「5G元年」になるだろう。今のところまだ市販されているスマートフォンは1機種のみ、カバレッジエリアもまだまだ狭い。韓国では首都ソウルの繁華街はほぼ全域が5Gエリアとなっているが、実際にテストをしてみるとなかなか5G回線につながらなかったり、速度も5Gのうたい文句である「ギガビット」には及ばない。また5Gならではのキラーコンテンツやサービスもまだ魅力的とはいえず、コンシューマー層が4Gから5Gに今すぐ乗り換える、という状況にはなっていないようだ。

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3事業者が5Gを開始した韓国だが、消費者の反応はいま一つ

とはいえすでに韓国は都市部のほぼ全域にギガビットクラスのブロードバンドサービスが普及している。高速な有線サービスに慣れている国民が、今後無線でも同じサービスを受けられるとなれば4Gから5Gへの移行はスムースに進んでいくかもしれない。韓国の3つの通信事業者は5Gの開始に合わせモバイルVRサービスを強化するなど、これまでは自宅でしか楽しめなかったサービスの提供にも力を入れている。また現在は3.5GHz帯のみを利用しているが、年末に28GHz帯の利用が開始されればモバイルブロードバンド利用者の増加を後押しするだろう。2020年に5Gサービスを本格的に開始する日本にとって、韓国の5Gの展開状況は大いに参考になりそうだ。

このようにコンシューマー向け5Gサービスの開始は静かな滑り出しとなっているが、それよりも産業界のほうが5Gに対する期待は大きいかもしれない。4月にドイツ・ハノーバーで行われた「ハノーバーメッセ2019」では昨年までにはなかった5Gに関する展示が増えていたのだ。

産業機械からネットワーク、クラウド、AIへ
インダストリー4.0実現のための展示会「ハノーバーメッセ」

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ハノーバーメッセ2019では産業界の5Gへの期待が感じられた

ハノーバーメッセは産業関連の世界最大の展示会であり、今年は過去最多の6万5,000社が出展を行った。産業技術や機器の展示が多いが、今年の出展企業を見るとシーメンス、ボッシュ、ABBなどヨーロッパの産業メーカーだけではなく、マイクロソフト、IBM、SAP、AWSといった大手IT関連企業の名前もずらりと並ぶ。さらにはファーウェイ、エリクソン、ノキア、クアルコムなどの通信関連企業もブースを構えていた。

ハノーバーメッセは主催国であるドイツが主導する「インダストリー4.0」を実現するための展示会でもある。インダストリー4.0は一言でいえば「製造業のインテリジェンスな自動化」であり、2011年に開催された「ハノーバーメッセ2011」でその概念が初めて公開された。2011年以前のハノーバーメッセは「産業機械」を展示するイベントだったが、いまやネットワークやクラウド、AIといったIT系の展示会とその内容は変わらないものになりつつある。

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ITベンダーの出展も多いハノーバーメッセ。IT系展示会と変わらぬ顔ぶれがそろう

インダストリー4.0の実現には、生産現場からあらゆるデータを取得し、それを解析することが必要となる。ところが工場へのITの導入は意外と簡単ではない。産業ロボットのコンピューター制御はすでに多くの工場が取り入れている。だが個々の機器やロボット、あるいは工場内の室内環境のデータを取得するレベルにはまだ至っていない。

大企業であればセンサーを内蔵しネットワークに接続可能な最新の機械やロボットを生産ラインに採用することは難しくないだろう。ところがドイツの製造業を支えているのはミッテルシュタントと呼ばれる中小企業で、製造業全体の70~80%を占めている。それらの企業が現在使っている産業ロボットを最新のものに置き換えることは予算上も厳しい。しかも自社向けにカスタマイズされた機械は、産業機器メーカーのカタログに掲載されている市販品では簡単に置き換えできない。そのため今でも日々の機械の故障の早期発見やメンテナンス作業は人力に頼らざるを得ないのだ。

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古い機械からどのようにデジタルデータを取得するかが大きな課題だ

工場内のあらゆる機器がネットワークでつながり、さらに振動、温度、異音などのデータがセンサーで集められれば、機器のリモート制御が可能になるし、機器故障の早期発見も容易になる。定期的に工場内をパトロール要員が巡回する必要もなくなる。また得られたデータを活用することで、製造ラインの最適化も可能になる。工場の自動化とは工場が無人で動くだけではなく、機器のメンテまでも無人化して初めて達成できる。さらには製造ラインの細かいカスタマイズも可能になれば、小ロットの生産にも対応でき、それにより工場の生産性を大きく高めることができる。これがインダストリー4.0の目指すものなのである。

低遅延のロボット制御、リアルタイム解析、AI異音検知…
初の「5G Arena」で5Gの有用性をアピール

ハノーバーメッセ2019では初めて「5G Arena」という展示ホールが設営され、5Gの有用性を来場者に大きくアピールしていた。たとえばボッシュは5Gで接続された産業ロボットからの異常を検知・報告し、ストップボタンを押すと遅延なく即座にロボットが停止する展示を行った。通信関連のイベントでは見慣れた内容だが、ハノーバーメッセの来場者の多くにとって5Gはまだ未知なる技術だ。ボッシュの展示は5Gで何ができるのかという「一例」として、低遅延性をわかりやすく来場者に伝えていた。

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5Gに特化した展示ホール「5G Arena」がハノーバーメッセ2019では初めて設置された

またシーメンスは工場内からのデータを5G回線でクラウドへ収集しデータ解析をリアルタイムに行う「インダストリアル5G」を説明した。工場内の機器や環境などあらゆるデータを収集するセンサーを設置し、そこから集めたデータを遅延や欠損なくクラウドなどへ送ることはインダストリー4.0実現に必要な第一歩だ。ヨーロッパの5Gサービスの開始はまだこれからではあるものの、ハノーバーメッセで5G専門の展示ブースが設置されたということは、産業界が5Gに注目しているからに他ならないだろう。

通信環境関連の展示はファーウェイも積極的に行っていた。5G関連では屋内のカバレッジを広げる「5G LampSiteソリューション」を展示。建屋内のカバレッジを広げることで、5Gの産業用途展開を後押しする。ファーウェイはまた既存のネットワークの信頼性を高める「TSN(Time-Sensitive Networking)」関連も展示。昨年のハノーバーメッセに引き続き「EC OPC UA over TSN」テストベッドを展示し、マルチベンダー機器の相互運用などをデモしていた。

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ファーウェイは5GやTSN関連を展示。IT系展示会とは異なり産業向けの展示が目立つ

従来の通信インフラでは工場内のデータを集めたとしてもその利用は限定的なものにとどまっていた。しかし5GやTSNが商用化されることで、工場内のあらゆるデータをリアルタイムかつ高い信頼性で集めることができる。それにより工場の生の姿を見ることのできる、「工場の可視化」が可能になるのだ。ハノーバーメッセ2019ではその可視化のための取得するソリューションも多く見られた。

例えばコニカミノルタは旧式の産業機器からデータを収集するためのソリューションを展示。回転機器からの音をマイクで拾い、異常を検出する「AI異音解析」は、市販のマイクを使用したものだ。マイクで拾った音には工場内の騒音も含まれるが、それをAI解析で取り除き機器の異音のみを検出できる。また既存のモーターやポンプなどに取り付ける温度計や振動計なども展示。さらには画像解析技術を使い、赤外線カメラでパイプや装置からのガス漏れを検知するソリューションも展示された。

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コニカミノルタのAI異音検知。マイクは市販のものを使う

工場の可視化は工場のインテリジェント化を可能とし、従来にはなかった付加価値を生み出すことができる。たとえばハノーバーメッセ2019では「デジタルツイン」の展示も数多く見られた。デジタルツインは仮想空間で行う設計のシミュレーションだが、従来からのシミュレーションと大きく違うのは、現場からのデータをリアルタイムに反映させる点にある。つまり「現実」と「バーチャル」の世界を逐一融合させて仮想的な設計を行うことができるのである。生産ラインの最適化や、エンジンなど可動機械の早期故障予防など、デジタルツインの応用範囲は広い。インダストリー4.0にはもちろんデジタルツインは必須の要件だ。

5Gが産業界で主要な通信インフラとして使われるにはまだ時間がかかるだろうが、業界では5G普及を見据えた動きがすでに始まっている。インダストリー4.0は5Gの開始でいよいよ現実のものになろうとしている。

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