2019/04/01

【北欧発Happiness Technology】
未来のおこづかい事情

デンマーク工科大学 リサーチアソシエイト。北欧研究所主宰。京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。専門分野は、情報システム、デザインアプローチ。異文化協調作業支援、創造性支援、北欧におけるITシステムと参加型デザインの研究を行っている。

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デンマークのキャッシュレス化の進展は目覚ましい。隣国であるスウェーデンやノルウェーと比べるとちょっと後塵を拝している感も否めないが、欧州全体で見ると北欧諸国はダントツで頭一つ飛び抜けたキャッシュレス社会になっている。

もともと1980年代よりカード利用が進み現金利用が減少傾向であったのだが、それでも小規模店舗やストリートでの買い物、蚤の市など現金ベースでの市場が存在していた。しかしながら、ここ数年でモバイルアプリを仲介した少額決済の仕組みが瞬く間に社会に広がり、ノルウェーではVipps、スウェーデンではSwish、筆者が居住するデンマークではMobilePayと呼ばれるサービスが、一般市民の現金利用を100%とは言わないまでも80%近く駆逐してしまった。ノルウェーのデロイトによる2019年の調査では、現在の現金の通貨量はGDP比で、ノルウェー2.3%、スウェーデン2.1%、デンマーク5.2%(日本は20%近く)とされている。

そこで、困った課題が発生した。親が小銭を持たなくなったことから、子どもに簡単におこづかこづかいをあげられなくなってしまったのだ。ポケットにも引き出しにも小銭はないし、街角からATMも銀行窓口もどんどん消えている。北欧のハピネステクノロジーを紹介する本連載の第4回では、キャッシュレス社会におけるデンマークの子どものおこづかこづかいをサポートするダンスク銀行のおこづかこづかいアプリを紹介する。

小銭がどこにもない……

デンマークでは、6~18歳までの10人に1人がおこづかいをもらっている(ダンスク銀行発表)。ダンスク銀行の2017年の調査では平均のおこづかい額平均は、137デンマーク・クローネ(以下クローネ。約2,300円)だ。別の調査では、6~8歳は50クローネ(約850円)ほど、9~11歳は100クローネ(約1,700円)ほどもらっているという。だが、ここにきて親を悩ませている大問題がある。親が子どもにあげる小銭を持っていないという切実な問題だ。

社会全体がキャッシュレスに向かっているデンマークで、子育て中の親世代はその先陣を切って毎日の生活でカードと少額決済アプリを活用し、その結果としてポケットにも引き出しにも小銭がない。銀行もキャッシュレス社会の傾向にいち早く対応し、ATMや銀行窓口を次々に閉鎖している。現金をおろすには銀行本店や2駅先のATMまで行く必要があるが、両親ともに働くことがデフォルトとなっているデンマークにおいて、家事と仕事で多忙を極める子育て中の親たちのどこに、子どもたちにあげるわずか50クローネの現金を準備するためだけに時間を使う余地があるというのだろうか。

このような状況の打破に一躍買っているのが、デンマーク最大規模の銀行ダンスク銀行が2017年にローンチしたアプリ、Lommepenge(ロメペンゲ)だ。デンマーク語でLommeはポケット、pengeはお金。つまりポケットマネーアプリ、おこづかいアプリである。

おこづかいアプリLommepenge

おこづかいアプリは、8~14歳を対象に開発された。必要条件としては、親がダンスク銀行に口座を持っていること、そして子どもがダンスク銀行に口座を開設することだ。おこづかいアプリを使うことで、親の口座から子どもの口座におこづかいを振り込むことができ、この銀行口座間の振替を使って、子どもに「おこづかい」を渡すことができる。物理的なお金を介在しないキャッシュレス「おこづかい」である。

この仕組みが注目されているのはいくつか理由があるが、一つにとても簡単で使いやすいという点が何より最も魅力的だ。ダンスク銀行に口座を持っていれば、おこづかいアプリの利用設定までの道のりはたった5分ほど。

    1. 親が自分のダンスク銀行のオンラインアプリから、おこづかいアプリの利用申請を行う。(銀行が提供するオンラインアプリを持っていることが条件である)
    2. 親が子どもの口座の開設手続きを行う。この口座開設の際に、親は当座口座と貯蓄口座と2つの口座開設を推奨される。
    3. 口座開設が承認されると、子どもは専用アプリをダウンロードして自分の口座を確認できるようになる。(対象となる子どもがスマートフォンを保有していることが前提だが、デンマークではスマートフォンの取得が年々低年齢化しており、2017年には8歳ぐらいから持ち始めると言われている)
    4. その後、子ども専用のデビットカード(口座に入っている額しか使うことができない)とPINコードが銀行から郵送されてくる。
    5. 子どもは、そのカードを使ってオンラインショッピング、実店舗での購買、ATMからの現金の引き落とし(親の認証が必要)、貯蓄口座への振替ができるようになる。

インタフェースは子ども用にシンプルな作りになっており、ダンスク銀行のマスコットペンギンPondus君が色々と世話を焼いてくれ、使い方の案内をしてくれる。 子どもがアプリを立ち上げると、まずフロントページに現在の口座残高、貯蓄額、振替のアイコンが出てくる。

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おこつかいアプリの起動画面。口座残高と貯蓄額が一覧できる

口座残高をクリックすると残高と今までの利用履歴を見ることができる。お店などでお買い物をするとここに表示される。

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貯蓄口座も同様の仕組みだが、入金・出金の記録が表示される(左・中)。今回は、親からの入金があったので、口座を確認した際にその報告がまず出てきた(右)。

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振替機能では、自分のカードと連結する口座から貯蓄口座間の振替が可能だ。

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新しい金融教育のカタチ

おこづかいアプリは、キャッシュレス時代に「親から子どもにおこづかいをあげる」という行為をデジタル上で再定義し、親の利便性を上げた。ただ、このアプリが受け入れられているのは、それだけが理由ではない。

ただでさえ抽象的でわかりにくい「お金」の流れは、物理的な小銭や札といったモノを仲介しなくなると、もっと抽象的になり理解しにくくなることは大人の我々もよく理解している。モノとしてのお金を見る機会が減り、親のカード支払いを横で見ている子どもたちは、「お金」をどう理解していくのだろうか。

ダンスク銀行のPR映像でも紹介されているように、子どもは、薄くなるお財布や軽くなる小銭入れを見ることがない。そのため、カードを使うことで無尽蔵に買い物ができるように錯覚している子どもは意外と多い。子どもたちが、お金の役割、カードの使い方やファイナンスの仕組みを知らずに、キャッシュカードを持ち始めたらどうなるだろうか。こうした懸念に対し、おこづかいアプリは単なるこづかい銭の利便性だけではなく、来るべきキャッシュレス社会を生きる今の子ども世代の金融教育の機会ももたらしているのだ。

子どもたちは早く自分で自由にお金を使いたい、自立したいと考える。一方で、親はお金の使い方について、もうしばらく子どもを見守りたいと考える。さらに現代社会に生きる親は、手遅れにならないうちに自分の子どもたちに金融リテラシーを上げて欲しいと感じている。それらのニーズを満たすことができ、かつ安心安全な仕組みをダンスク銀行は提供している。キーワードは安心・安全そして教育とでも言えるだろうか。

  • 安心:親は、アプリを通じて子どもの預貯金残高や取引記録を確認することができる。
  • 安全:必要であれば制限をかけたり取引を停止することができる。
  • 教育:子どもはおこづかいアプリを使う過程でちょっとした間違いや失敗もするだろうが、安心・安全な守られた環境で、毎日の実生活を実験場にして、将来必ず必要になるカードの使い方やお金の使い方、貯蓄の仕方を学ぶことができる。

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親のアプリ上で子どもの口座残高を確認できる

おこづかいアプリは、金融リテラシー向上のための生活の場に根付く実証実験場、リビングラボだ。このおこづかいアプリは、親も子どもも、長期的に金融リテラシーを上げ、幸せになることを支援する。

ちょっとうがった、だがおそらく間違っていない見方をすれば、本アプリにはダンスク銀行の業績に貢献するという付加価値もあるだろう。ダンスク銀行は若い世代の顧客獲得に苦戦しているといわれるが、おこづかいアプリはとても良いエコシステムを作り上げているようだ。ダンスク銀行は、子どもの金融教育に貢献しつつ若年層の口座開設を増やしていることは想像に難くない。今の10代は未来の重要顧客になりうるし、青田刈りできるのはラッキーなことだろう。おこづかいアプリは、子どもも大人もそしてダンスク銀行もまとめて幸せにする勝利の戦略といえそうだ。

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