2019/03/27

【森山和道の「未来の断片」】
ドラえもんは柔らかいのか? 柔剛を切り替える「ソフトロボット」の可能性

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フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

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「サイバースペース」という言葉を生み出したSF作家のウィリアム・ギブスンの言葉に「The future is here. It’s just not widely distributed yet」というものがある。多くの「未来」は実際にもう存在している。ただし均等に広がってはいない――。私はこれに強く同意している。この連載では、いますでにある「未来」を集めて示していきたい。あちこちに散らばっている未来、いわば「未来の断片」である。すでに存在する「未来の断片」を集めれば、自ずと将来が見えてくるはずだ。もちろん、本当の未来は予測不可能だ。しかし、到来確実な未来もすでに多く存在しているのである。

人と一緒に働くロボットには柔らかさが必要

ディズニーのCGアニメ映画『ベイマックス』をご存知だろうか。原題は『Big Hero 6』だが、日本では映画のなかに登場するロボットの名前がタイトルになった。ストーリーについてはWikipediaでも見てもらおう。ロボット「ベイマックス」の特徴は、柔らかいことだ。ボディはポヨンとしており、風船のように空気が入っている。中に骨格があって、パワーは出せる。だが、人と接する表面はやわらかくて、ぎゅっと抱きしめて人の心をケアすることもできるという設定だ。

また、日本人なら誰でも知っている「ドラえもん」。のび太の友達であるドラえもんの表面は、どんな感触なのだろうか。ドラえもんは柔らかいのか、硬いのか。温かいのか冷たいのか。漫画やアニメの描写を見ているかぎり、温かくもなく冷たくもなく、適度な(時にはものすごく)柔軟性があるように見えるいっぽうで、きわめて強靭かつ滑らかな素材でできており、表面には超撥水性もあるようだ。巨大な目玉や口もあるが、目はおそらく機械のカメラのようでも生物のようでもないのだろう。

「ドラえもん」にしろ「ベイマックス」にしろ、人と接するロボットとして設定されている人工物だ。なんとなく「柔らかそうだな」という点は共通している。単に表面が柔らかいだけではなく、人の動きや室内のあれやこれやと接触するときも柔軟に対応してくれそうだ。ガチンガチンに動くロボットとはちょっと違う。

いまロボットが一番活躍している場所は工場だ。ファーウェイのスマートフォンを作る現場、あるいはそのための部品を作っている現場でも多くのロボットが使われていることだろう。だが、それらのロボットは体も制御も硬い。いや、硬く作っているからこそ工場のようにきちんと整備された場所では、設定された通りの動きをきちんと再生して、結果的にちゃんと働けるのだが、柔らかい身体と柔らかい制御が必要な場所もある。家庭はその代表例だ。家庭だけではなく人と一緒に働く必要があるロボットには、ある程度の柔らかさが必要となるだろう。

「やわらかいロボット」というものが、しばらく前から研究されている。ソフトロボティクスと呼ばれる領域だ。2010年ごろから論文も急激に増えつつある。2019年3月20日には東京で「ソフトロボット創生シンポジウム」が行われた。科研費新学術領域「ソフトロボット学」と、山形大学産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)「ソフトマターロボティクスコンソーシアム」の合同シンポジウムだ。

両者はそれぞれ違う研究プロジェクトなのだが、名前を見ればわかるように、隣接領域というか、限りなく近い領域の研究である。そういうわけで一緒にシンポジウムをやろうということになったのだという。無意味に張り合う先生方も少なくないなか、素晴らしいことだと思う。山形大学は有機材料、有機エレクトロニクスで有名だが、それに続く新たなイノベーションの出口としてソフトマターロボティクスを目標の一つに定めているようだ。いっぽう新学術の「ソフトロボット学」は2018年に始まったばかりだが、両者の相乗効果を期待したい。

「好いかげん」のロボットとは

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「ソフトロボット学」領域代表の東京工業大学工学院 鈴森 康一教授

さて、肝心のソフトロボットとはどんなものなのだろうか。「ソフトロボット学」領域代表で、東京工業大学工学院 鈴森康一教授は、今までのロボットは機械と電気、そして情報で成り立っていたけれど、そこに物質材料、そして生体との融合を目指すものがソフトロボット学だと語った。

繰り返しになるが、従来の工学価値観に基づいていたロボット学は、速度、力、精度、確実性を狙ってきた。柔らかい材料というのは従来の技術の観点からいうとダメな技術だ。「力をかけたらたわんでしまうようなロボットアームは、とんでもない無責任な設計」というわけだ。また生体由来というのは大抵は不安定な材料だ。そんなものは普通は困る。だが、そういうものを積極的に取り込むことで、ロボット学を押し広げ、新たなロボット学を作れないかという考え方がソフトロボット学だ。

ロボットは優れた技術だが、想定外のことがあると破綻するし、たとえば赤ちゃんをそっと抱きしめるような、動物なら何の苦もなく簡単にやれることがまったくできない。状況にしなやかに適応できる「好いかげん」を発揮して、生体規範の価値観に基づいた新しいロボティクスをつくることを目指すのがソフトロボット学だ。

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「好いかげん」ロボティクスを提唱

柔らかさと硬さを組み合わせることがソフトロボットの特徴

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東京大学大学院 情報理工学系研究科 講師 新山龍馬氏

東京大学大学院 情報理工学系研究科 新山龍馬 講師は、多くの筋骨格ロボットのほか、最近は象の鼻のような連続アームや印刷できるロボットなどを研究している。

新山氏はソフトロボットの特徴は単に柔らかいだけではなく「柔らかさと硬さをどう組み合わせるかにある」と語った。我々人間のように骨が中にあって筋肉が外側にある内骨格構造にしろ、昆虫のような外骨格構造にしろ、柔らかい筋肉に加えて硬い部分もないと力を出すことができないからだ。

つまり、現在の機械工学よりも生物のほうが使えている材料のレンジが広い。この「使える材料のレンジを広げる」ことが、この分野の目標だと新山氏は語り、「生物に迫るだけではなく『超える』という気概で進めていく」と述べた。なお新山氏自身は、ソフトロボット学は工学の一分野ではなくサイエンスの一分野として捉えているという。

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新山氏が研究している印刷で作れるアクチュエータ

ボディが計算する「フィジカルリザーバーコンピューティング」

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東京大学大学院 情報理工学系研究科 特任准教授 中嶋浩平氏

東京大学大学院 情報理工学系研究科 中嶋浩平 特任准教授は、ソフトロボットの情報処理のありかたとして「フィジカルリザーバーコンピューティング(Physical reservoir computing)」を紹介した。柔らかいものが持つ多様なダイナミクスを使って計算機をつくることができるのだという。

生物の身体は、それ自体で環境と相互作用することでうまく動くことができる。これは情報処理の観点から見ると、身体と環境に情報処理をアウトソースしているということができる。

一方、「リザーバーコンピューティング」とはリカレントニューラルネットワークと呼ばれる時系列情報を扱う学習法の一種で、入力層と出力層の間の中間層のネットワークを非常に複雑にして「リザーバー(貯水池)」とし、学習をリザーバーと出力層を結合する部分だけでやるという考え方だ。リザーバーは学習させる必要はなく、リッチなダイナミクスを持ったままであれば良いとする。

フィジカルリザーバーコンピューティングは、リザーバーのダイナミクスを身体のダイナミクスで置き換えるというものだ。アルゴリズムをボディにアウトソースし、その情報をセンサーで引っ張ってボディを動かし、その出力をまた次のモーターコマンドに返す。中嶋氏は実際にタコの足のようにクネクネと動く「計算機」が情報処理する様子を示した。タコの足にしか見えないものがさまざまな関数を実装できるというのは驚きだ。

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ソフトボディの持つダイナミクスを計算機として用いる

もちろん形は本質ではない。タコ足だろうが四つ足だろうが、この考え方ならば、ボディを計算機として使える。中嶋氏は、ソフトロボットとは身体に計算をアウトソースできるくらい身体自体の複雑さが上がっているものだと捉えており、複雑な物理系と計算の関係を問えるのがソフトロボティクスだと捉えているという。

ヒモムシの「吻」やカサブタができるロボット

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東北大学大学院 情報科学研究科 准教授 多田隈建二郎氏

粉を使って柔らかい状態と硬い状態を切り替えられる「ジャミング転移現象」を活用したロボットハンドなど、さまざまな面白い機構を発案している東北大学大学院 情報科学研究科 多田隈建二郎 准教授は、今回の新学術では「究極的に柔らかいものと硬いものを切り替えたい」とし、軟体動物のヒモムシが捕食のときに「吻(ふん、口から突き出す管)」を吹き出すような動きを工学的に実現したいと述べた。

英語では「ribbon worm」と言われるヒモムシが、ぶわっと「吻」を吐き出す様子はYouTubeなどで見られるので、ぜひご覧いただきたい。ただしいわゆる「キモい」のが苦手な方はご注意。ヒモムシはこれを捕食だけではなく、ロコモーション(移動)にも使っている。

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分岐・伸縮・湾曲可能な駆動体を工学的に実現するとのこと

多田隈氏は、自己修復性材料と二次元ファスナーを使った血管のあるゲル材料なども組み合わせて、いわば「かさぶた」でボディを修復できるロボットも実現しようとしている。柔らかいことは目的ではなく手段であり、適材適所で柔剛切り替え、可変剛性を活用するのがソフトロボティクスだと述べた。

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多田隈氏らは数珠状構造とワイヤーを使うことで柔軟さと硬さを両立する指からなるロボットハンドなどを作っている

材料特性を活用してロボットの可能性を広げる

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山形大学大学院 理工学研究科 教授 古川英光氏

3Dゲルプリンターの開発など、ゲルの研究で知られる山形大学大学院 理工学研究科 古川英光 教授は、山形大学OPERA「ソフトマターロボティクスコンソーシアム(SOFUMO)」全体について改めて紹介した。たとえば、形状記憶ゲルの3Dプリントを使えば、1層目と2層目とで硬さや温度応答性を変えた素材をプリントできる。そうするとたとえば、お湯の中に入れると何かをぎゅっとつかみ、違う温度のところに入れると離すといったような動きを素材自体の特性で生成することが可能になる。このような柔軟な材料を柔軟な発想で使うことで、新しいものができないかというわけだ。これまでに、クラゲのような生物模倣ドローンなどを作ろうとしているとのこと。

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山形大学SOFUMOによるクラゲ型ロボット。柔軟材料と圧電センサー、フレキシブルOLEDを組み合わせ、触ると光る

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ゲル材料で作られたクラゲ。2017国際ロボット展より

印刷型センサーの研究開発を行っている山形大学大学院 有機材料システム研究科 時任静士 教授は、薄いフィルム状の二次元センサーアレイを使ってロボットハンドの全面に触覚センサーを持たせられないかと語った。単なる触覚センサーだけではなく、すべり覚(物体がどのくらいすべるかに対する感覚)センサーとしても使えるという。

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山形大学大学院 有機材料システム研究科 教授 時任静士氏

将来はすべてのロボットがソフトロボットに

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パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションで東工大の鈴森教授は、ソフトロボティクスは「人や生物とのインターフェース」となり得るものだと述べた。今までのロボットは機械を相手にしていたが、これからのロボットは規格化されてない“ナマモノ”を扱うことも求められている。「多様さに適応できるのがソフトロボットの一つの大きなアプリケーションだと思う」と述べた。

「身体が柔らかい」ということは、言い方を変えると自由度が大きいということだ。単に自由度が大きくなるだけだと、制御するための計算量が多くなってしまう。だが接触してなじませるような作業を、あまり複雑な計算をせずにできることが柔らかい身体の利点でもある。「フィジカルリザーバーコンピューティング」の中島氏らのアプローチでは、そこで生まれている情報をさらに積極的に活用できることになる。

また、身体を環境になじませたあとでカチッと硬くできれば、外界に力を及ぼせる、つまり、作業ができる。そのようなロボットハンドは食品加工分野などでは徐々に使われ始めている。なんにしても、ハードウェアとソフトウェア、それぞれのコストが見合うところで社会への実装は進むことになるだろう。

伊藤忠マシンテクノスのソフトロボットハンド。FOOMA JAPAN 2018より

ここからは筆者の私見だ。筆者は、将来的にはすべてのロボットがソフトロボットになるのではないだろうかと考えている。今の定義でいうところのソフトロボット、今のソフトロボット学が言っているような要素はやがて普通にロボットに取り込まれるようになるという意味だ。

柔軟さと硬さを使い分け、必要に応じて柔軟な部分にエネルギーを蓄積したり、吸収したりすることで、現在のロボットよりもはるかに効率良く動けるような機械が出てくるだろう。率直に言えば、今のソフトロボットは「面白いけど、それで何になるんですか?」と問いたくなるようなものも少なくない。だが、やがては大きな可能性を持つ世界へとつながるものなのではないかと考えている。

ロボット技術の根本は制御にあるのだと思う。現在は硬いボディを正確に動かすことだけに一生懸命になっているが、徐々に“制御”する範囲自体も広がろうとしているように感じている。その意味についても、今後徐々にお伝えしていきたい。

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