2019/03/22

"主観的"な漢方の診察にAIを導入 「自動問診システム」の可能性

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1983年、東京都生まれ。編集プロダクション、出版社を経て現在フリーランスのライター、編集者。ヘルスケアやカルチャー、エンターテインメントなどジャンルを越えた執筆・編集を手がけている。

慶應義塾大学医学部漢方医学センター特任講師 吉野鉄大氏

漢方の診察をAIが担うことの難しさ

現在、さまざまな分野で技術革新を遂げているAI(人工知能)。医療の現場も例外ではなく、AIによる遠隔操作で外科手術が行われている例などを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。

しかし、一見デジタルとは縁遠いイメージのある漢方(東洋医学)の診察にもAIは進出している。たとえば慶應義塾大学医学部の漢方医学センターでは、東洋医学特有の複雑な診察の一部をAIが担う「自動問診システム」が採用されている。簡単にいえば、患者がタブレット端末で質問に答えていくことで、体質の特定に役に立つというものだ。検査結果や数値をもとに病気を特定する西洋医学とは異なり、東洋医学は基本的に患者の訴えを尊重する診察が重要視されているのだが、そうした主観的とも言える医療の現場で、AIはどのような形で役に立っているのだろうか。そこで、慶應義塾大学医学部漢方医学センターで患者のデータの収集や解析を行っている吉野鉄大氏(医学博士)に、漢方外来におけるAI活用の現状について話を伺った。

まず、AIの話題に入る前に一般的な漢方の診察方法を紹介しよう。先に述べた通り、漢方の診察は数値や検査結果以上に患者の訴えが非常に重要視されている。患者の主訴をもとに、基本的に医者が「望診(顔色や舌を見る)」「聞診(音や匂いを感じる)」「問診(話を聞く)」「切診(脈やおなかを触る)」の4つを行い、「虚実」「寒熱」「気・血・水」といった特性からなる患者の体質(「証」と呼ばれる)を特定するというのが漢方の診察のメインだ。

証のうち「虚実」は、体力のない体質の「虚証」と、体力のある体質の「実証」に分けられる。「気・血・水」も欠かせない不調の原因を探るものさしだ。こうした証は漢方薬を処方するにあたって重要な指標となる。しかし、それらの判断は医者の勘や経験といった「見立て」がものをいうといっても過言ではない。そのため、医者によって診察結果が変わる可能性も大いにありうる。患者の訴えが主観的なだけでなく、医者の見立てにも主観的な部分がありうるのだ。

自動問診システムは400個の質問を87個に絞って完成

吉野氏らが開発したAIによる自動問診システムには、患者の訴えや医者の見立てがデータとして蓄積されている。文字通り問診に特化したシステムで、最大87個の質問に患者が回答する形で「証」を診断できる。それをもとに、医者は治療の方針や薬選びを行うといった流れだ。 いずれは症状に合った漢方薬を判定することも可能になるといわれているが、今はまだ機械の精度を高めている段階で、実用化はこれからのようだ。

「問診だけでも70~80%の患者さんでは証を予測することができますが、残り20%の患者さんではなかなか正確な予測ができません。そのため問診だけではなく、医者が感じた『何か』をもっと客観化していきたいと思っています。たとえば舌の色や形については千葉大学が研究を進めており、舌を撮影した画像を解析することでデータ化できます。最終的には患者さんの状態を何かしらのロジックに落とし込んで、この薬を飲むとこうなる、というところまで予測できるようになれば、と思っています。天気予報のように未来を予測できるようにしていきたいですね」(吉野氏)

AIを駆使した同システムの開発が始まったのは2008年。厚生労働省とのプロジェクトで、漢方医学センターが膨大な診察データのマイニング(AIによる解析・分析)を行うことになったのがきっかけだった。漢方の診察は外から見ると何をしているのかわからないという認識を持たれがちなので、医者がどのようなことをやっているのか、というデータを集めて蓄積し、何かしらの形で推論的に抽出することが目的だったという。

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kanpo_image04 自動問診システムの画面。患者はタブレット端末で入力し、結果が医師のPCに送られる

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問診に基づく「気・血・水」(上)や「虚実・寒熱」(下)の診断スコア

「どんな診察をしているのか、外から見て少しでもわかりやすいものになるように」というのが最初の動機だった。実際、吉野氏が医学部に入ったときも、外から見た漢方の世界は「全然わからない」ものだったという。吉野氏は自ら勉強する意味も兼ね、他の医者がどのような診療を行っているのかまとめてみようと思い、データの解析を始めたそうだ。

まず、開発にあたって患者のデータを集めるところからスタート。漢方外来ではもともと患者が診療前に不調について問診票に記入するのだが、その内容と治療効果をデータ化することを試みた。漢方外来では患者がどう感じているのかという主観的な訴えを重視するため、患者の側に立って情報を集めることが不可欠なのである。しかし、データをどこまで細かく入れるのかという問題にぶつかった。より精度の高いデータを集めようとしたところ、質問項目が400超にも及んでしまったのだ。そのすべてに回答するとなると患者の負担が増すばかりではなく、場合によっては回答を飛ばしたり、治療の結果が複雑化したりしてしまい、データとして不完全なものになってしまう。とくに治療の結果に関しては、数値化できる検査結果などではなく本人の自覚が重要視されるため、回答が完全でなければ、治療によって症状にどのような変化があったのか分析することがきわめて困難になるのだ。

紆余曲折を経て、最終的に質問項目を87にまで絞り、データをあらためて収集することに決めた。再収集を初めて4年、自動問診システムは現在バージョン3にまで進化し、慶應義塾大学だけでも2,000件ほどのデータが蓄積されているという。日本国内の複数の病院で使われてきただけでなく、ドイツや中国など海外での導入も決まっているそうだ。

自動問診システムに用いられるAIは機械学習がメインで、吉野氏自ら通常の診療の傍ら東京大学医科学研究所のヒトゲノム解析センターに2年ほど通い、研究を重ねて構築した。同センターは遺伝子分野のデータサイエンスに関してアドバンテージがあることで知られており、データ解析のスペシャリスト達から直接指導を受けることができたからだ。サンプルデータのデータベースを解析し、そこから診断に有用なルールや判断を学習するアルゴリズムを構築した。

将来的には自宅にいながら問診・処方箋発行も可能に

「従来の漢方の場合、診断のプロセスの多くを経験や勘に頼っているため、医師の先入観や偏りがどうしても入ってきてしまいます。これらをいかに取り除いていくかが重要です」と語る吉野氏。たしかに主観に基づいた診断ばかりだと、結果やプロセスが共有化されにくく、診断結果の再現性に欠ける。その記憶ベースで行われてきた診察の「見える化」にAIが貢献しているといえるだろう。

では、この自動問診システムが導入されることで、漢方の診療はどう変わるのだろうか。 まず考えられることは、診療の効率化である。患者は待合室で自分の順番が回ってくるまでの間、自動問診システムの質問項目に回答を入力しておく。規制の壁がありまだ実用化はされていないが、自宅にいながらネット経由で回答することもいずれは可能になるかもしれない。結果は医者側の端末で確認できるので、診察時の問診の手間が削減できるのだ。それによって望診、聞診、切診に時間を割くことができる。

また、患者の主訴が「頭が痛い」ということであっても、それに付随する「体が冷える」「めまいがする」といった症状についても話を聞く時間を設けられる。複数の症状について詳しく聞くことで、より適切な薬を選ぶことができるのである。「問診以外もデータ化され、薬の処方まですべてAIが行えるようになるのも時間の問題かもしれない」(同)

再現性の高い診察結果が共有化できるようになれば、漢方専門医だけではなく、一般の病院や診療所での漢方処方にも役に立つと考えられる。一般の医療機関の基本は西洋医学だが、近年は漢方薬も組み合わせて処方するケースが増えている。医療従事者会員制サイト『m3.com』が2017年に行った調査によれば、漢方薬を処方する医師の割合は81.2%にのぼったという。自動問診システムが広く導入されれば、漢方を専門としない医師でも患者の状態に合った漢方薬をより安全に、簡単に処方できるようになるだろう。

AIがすべてを担っても医者の仕事はなくならない

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しかし、ここで疑問が湧いてくる。他の職業で議論されているケースと同様に、将来的にAIが治療法や薬の選択を担うようになったら、医者は不要になってしまうのではないかという懸念だ。

「将来的に医者は『AIができないこと』が求められていくでしょう。それは例えば、患者さんに寄り添うこと。患者さんのストーリーを受けとめて理解し、『一緒に頑張っていきましょう。きっとよくなりますよ』と励ましながら動機づけしていくことは、人間にしかできないことなのではないでしょうか」(同)

たしかに、医者と患者の間には信頼関係が欠かせない。筆者は以前、病院で診察を受けた際に、パソコンに症状を打ち込んでただ薬を処方するだけの医者に当たったことがあるのだが、なにか虚しい気持ちになった経験がある。病院に行くのはもちろん症状をよくすることが目的だが、話を聞いてもらったり、声をかけてもらったりということは、人間だからこそできることだろう。

ちなみに吉野氏自身も大学に入学した当初は漢方医を志すつもりはまったくなかったと言い切る。在学中にアトピー性皮膚炎に悩んでいたところ、漢方の講義で治療の可能性を知り、物は試しと漢方外来の門を叩いてみたことがきっかけだ。診察を受け、漢方薬を飲みはじめると症状が劇的に改善されたという。これに感銘を受けて研究の道に進むようになり、今に至るというわけだ。こうした自身の経験が患者の気持ちの理解にもつながっているに違いない。

西洋医学の対症療法や検査方法では対処できない“不調”をあぶり出すことが、漢方の特徴といえるだろう。無機質な検査結果や数値ではなく、例えば「血の巡りが悪い」という説明ができるため、患者の共感も得やすい。主観が入っているからこそいい部分もある。客観化できることはデータとして蓄積し、それを活用しながらも「人間らしい部分」はしっかりと残していく。吉野氏が取り組む研究は、未来の「AIと医療」のあるべき姿に近いのかもしれない。

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